【5号】電子工学科の生立ち/阪本捷房

科学技術の振興が叫ばれ電気に関係したこととしては電子工業の発展がここ数年を振返ってみても非常なものであることは数字を挙げなくても明らかである。大学に電子工学科をおいてこの方面の技術者を養成してほしいという希望はかなり前からあったので東京大学においてもかねがね何か考えなければいけないと思っていたのであるが、機運が熟しいくつかの大学と一緒に東京大学にも電子工学科を開設することに定ったのは昭和33年である。

1.学科の内容とその開設

昭和33年に電子工学科の開設は初まったものであるが4ヵ年で完成する予定でその内容は次の如くである。

電子工学第一講座(電子基礎理論)
昭和35年開設 新設
電子工学第二講座(電子管工学)
昭和33年開設 転換(電気工学科より)
電子工学第三講座(半導体工学)
昭和34年開設 転換(応用物理学科より)
電子工学第四講座(電子回路工学)
昭和34年開設 新設
電子工学第五講座(電子材料学)
昭和35年開設 新設
電子工学第六講座(応用電子工学)
昭和36年開設 新設予定

即ち従来八講座であった電気工学科から一講座転換し、別に応用物理学科から一講座転換して新設四講座と共に六講座の構成になっている。現在第五講座まで開設されているがその担当教官は次の如くである。

教授
第一講座 神山 雅英(京大物理 昭9)
(助教授)青木 昌治(東北大物理 昭21)
第二講座 岡村 総吾(東大電気 昭15)
(助教授)大越 孝敬(東大電気 昭30)
第三講座 菅 義夫(東大物理 昭3)
(助教授)菅野 卓雄(東大電気 昭29)
第四講座 阪本 捷房(東大電気 昭4)
(助教授)猪瀬 博(東大電気二工 昭23)
第五講座 柳井 久義(東大電気 昭17)
(助教授)元岡 達(東大電気 昭27)

2.学生、定員

東京大学は入学当時には科別に分れていないので所属の科がはっきり定るのは第2学年の途中であって、工学部に来るのは第3学年からである。昭和33年に開設された当時は第1学年として教養学部に入学した筈であるから昭和35年には電子工学科の学生が工学部に来る筈であった。所が昭和35年の年度初めには電子工学科学生教育用の建物ができないことがはっきりしたので、やむなく5名の進学を許す事として現在第3学年には5名の学生がいる。しかし昭和36年の年度初には建物の見込がついたので定員40名が進学して来ることになっている。従って第1回の5名が卒業するのは昭和37年3月であり、昭和38年3月からは40名づつ卒業する予定である。

教養学部から電子工学科へ進学希望する学生は非常に多いので進学の振分けをする必要があるが電気工学科と極めて近い性質の学科であるので両学科を一まとめにして進学を許可し然る後に何れかの科に希望させて分けている。即ち昭和35年度進学の時は電気工学科45名を電子工学科5名との合計50名を一括進学させ後に第二志望を考慮して何れかの科に配属させた。昭和36年度進学は85名を同様な方法で行ったわけである。併しこの方法は暫定措置であって昭和37年度進学をどうするかは未定である。

3.建物

電子工学科は電気工学科と非常に密接な関係があるため電気工学科と離れることは教育上も研究上も不便が多いので電気工学科にできるだけ近くなるよう努力した結果、現在電気工学科のある工学部3号館の屋上に4階を増築する事とし、その具体案が着々進行している。こうすると両学科が同一の建物の中にいることになるから運営的にも有利であって図書室、研究室、教務室等両学科があたかも一つの学科であるごとく運用されるような計画の下に新築部分も含めて室の配置が考慮されている。

4.大学院

従来から電子工学的の内容をもった大学院の教育並びに研究は電気工学科内において行われているのであるが、電子工学科が殆んど完成した現在においては大学院も電気工学専門課程と並んで電子工学専門課程のある方が望ましいので昭和36年度において電子工学の課程が大学院数物系研究科の中に設けられるよう目下進行中である。現在大学院の電気工学専門課程には工学部のみならず生産技術研究所および航空研究所が参画しているが、このうち半分足らずの教官が電子工学専門課程の方に変る予定であり、現在電気工学課程にいる大学院学生もその研究題目並びに指導教官によってそのまま電子工学専門課程に移る予定である。

<5号 昭36(1961)>

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