無題/稲上英次

我々が入学したのは昭和17年、既に大東亜戦争も始まり厳重な報道管制が敷かれていて一般には短波放送を聞く事は出来ませんでした。米国の宣伝放送を聞くような人間は、非国民か国賊と考えられる時代でした。

この時期に学生寮の一室で小生を含む数人の学生が密かにサンフランシスコからの放送を聴いていました。今考えても日本国民に向けてはその国民性を考慮した内容であったと思います。天皇を誹謗する内容は全くありませんでした。この戦争を起こしたのは天皇ではなく日本の軍閥であると強調するのが趣旨であったと思います。放送内容は概略下記のようなものでした。

1、放送は夕方5時から始まり最初に歌劇「椿姫」の序曲が流されました。

2、次に流暢な日本語でその日のニュースを放送します。当時は丁度ミッドウエイ海戦の頃で日本の航空母艦赤城、加賀、飛龍、蒼龍の四隻を撃沈した(大本営発表では航空母艦二隻喪失)等の情報を流していました。

3、次に対話劇の形で横暴な日本軍閥が国民を戦争に如何にして導いたかを表現し、最後に「戦争を始めたのは誰ですか?東条です」との言葉で終わりました。

4、放送は「今日は昭和17年○月×日、横暴なる日本軍閥が天皇陛下のご趣旨に叛き(宣戦布告の詔勅に「豈朕が志ならんや」の文字がある)日本国民を望み薄き戦争に陥れて以来千七百○十×日目に当ります」の文句で終わっていました。唯この起算の日が日中事変勃発より少し遅れた日で何を根拠にしたのかよく解りませんでした。もうこの時期から六十余年、当時この放送を聴いた非国民も多くの方が他界され、淋しさを禁じ得ません。

今は青春時代の思い出として心に残っています。

(H15.12.13)

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