【28号】商事会社と私/高原 靖

1.研究所と商社

○研究所は情報を作るところである。作られた情報が世の中に有用であればある程、また独創的であればある程研究者は評価される。商社は情報を売るところである。その情報がお客様にとって有用であればある程よく売れて利益も大きい。情報の中味や売り方は必らずしも独創的である必要はないが、利益の大きいのは独創的な場合の方が多い。

○研究者は専門ならびにその周辺に関する知識が豊富で、常に問題意識をもっていなければならない。それがないと折角研究室で、専門家との討論で、良いヒントが与えられても“猫に小判”に終ってしまう。

商社マンは知識が豊富で意欲旺盛でなければならない。ビジネスチャンスというものはお客先からのニーズだけから発生するのではなく、もろもろの世の中の動きの中に散在しており、それを的確につかまえるのは本人の知識と問題意識のみである。“真面目にこつこつ”だけの仕事の中からは大きなビジネスは殆んど出て来ない。

○研究を進めるに当っては対象とするテーマについて“モデルを設定”するのが効率的である。モデルが正しいか否かは実験によって確認する。当然誤っていればモデルを修正する。対象とするテーマについて新らしいモデルが設定されると、必らずと言ってよい程そこに“発明”が生れる。

社会現象は自然現象より複雑かつ分散が大きいが、ビジネスの分野にも“モデル”は存在する。これも実験によって確認(必要があれば修正)し、対象とするビジネスの分野に的確なモデルを設定することができると、利益の大きいビジネスにつながる。

○科学・技術の分野では新らしいアイディアには特許権が付与される。従って特許出願後はそのアイディアを周知させるために、然るべき専門誌等に公表するのが普通である。

ビジネスの分野には新らしいアイディアに対する特許権の保護がない。従って新らしいアイディアを公表すると、そのアイディアが世の中に有用であればある程競争相手にコピーされて自社のビジネスのブレーキになる。このためか、ビジネスの分野にはアイディアの発表のための専門誌というものはない。

36年弱にわたる研究所(電電公社、通研)の生活を終え、昨年2月に三菱商事へ入社して丁度1年経過したところで私の受けとめている研究所と商社の共通点と相違点である。

2.情報・通信分野の激動期

時あたかもアメリカでは今年の1月からATTが幹線会社と地域会社に分割され、また情報処理の分野への参人が許された。一方lBMをはじめとして幹線への新規参入が相次いでおり、アメリカの情報・通信産業界は今、激動期にあって、5~10年先にはその“陣取り合戦”も終って新らしい定常状態に落付くであろうと言われている。

一方我国では新聞によれば来年(1985年)4月を目途に電電公社が民営化され、国内、国際共に通信回線には新規参入が奨励されるとのことである。また超LSI、光ファイバ通信、コンピュータ技術、衛星通信等の技術革新が物凄い勢で進行しており、これに伴って情報、通信分野での新らしいビジネスが次から次へと生れつつある。

このようにしてアメリカにおくれること2~3年で我国の情報・通信分野にも“激動期”が訪れて来るであろう。むしろこの“激動期”がやって来なかったら、我国の情報・通信に関するインフラストラクチャの形成は再びアメリカにおくれをとることになるであろうとも言われている。

以上の情勢をふまえると、商事会社において私のするべきことは明白になってくる。それは我国の情報・通信分野の活性化にいささかなりとも貢献することである。

3.技術集団の形成

考え方は以上の通りであるがそれを実行するには我々のグループは余りにもひよわであるところが或る日、母校(東大・電気)の或る先生から“コンピュータ・ネットワークの専門の卒業生をお前の方で採らぬかと言ってこられた。勿論大変有難いお話であるので、直ちに採用は決めたのであるが、この電話から私は別なヒントを頂戴した。それは“そうだ、新らしい卒業生の採用だ。”である私は研究所生活が長かったため、日本中の主な大学の情報・通信関係の先生方は大部分存じ上げている。そこで早速、その先生方を廻り、これから私のやろうとしていることを御説明申し上げて、優秀な学生の推薦をお願いした。これも大へん有難いことに十分な数の御推薦をうることができた。そうなると今度は新入社員のための指導者が必要であるが、これは通研の絶大な御協力により、十分に揃えることができた。

このようなわけで、この小文が発行される59年4月には一先づ私の理想とする技術集団が私のところに出来上っておることになる。もう仕事の進まないための言訳は一つもないのである。それにしてもヒントを与えて下さった母校の先生、御推薦下きった日本中の先生には感謝の言葉もない。

4.テーマの選定

情報・通信産業の激動期を前にして、今やっておかなければならないテーマは気が遠くなる程沢山ある。従ってテーマには順位づけを行ない、順位の高いものから実行してゆくことになる。今、私の考えているテーマの選定の考え方は、(1)高度情報社会の形成にできるだけ有効なものであること、(2)顧客が対価を払ってもそのサービスを歓迎するものであること、(3)リスクの大きい過大な投資にならぬことの3條件による評価である。商事会社における情報・通信産業の育成は、当面、通研における研究生活と同様に楽しいものである。

(昭和22年9月Ⅱ工卒、三菱商事顧問)

<28号 昭59(1984)>

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