【27号】大山松次郎先生を偲ぶ/高木 昇

昨年8月2日、東京大学の工学部電気・電子工学教官及び名誉教授が相集い、学士会館で大山松次郎先生の米寿のお祝を挙行しました。先生は、極めてお元気で、若い時代の思い出話、例えば、浅草の浅草寺の依頼で本堂内の照明を改良した話など、初めて聞く事柄を面白く我々に話してくれました。そして、米寿のお祝いとしてカシミヤのセーターをお贈りしましたが、とても喜んでおられました。

ところが、10日経った8月11日、世田谷のご自宅で眠るがごとく逝去されました。我々は、事の意外に驚きましたが、せめて米寿のお祝いができた事を喜んでおります。

さて、大山先生は、大正8年に東京帝国大学工学部電気工学科を卒業、直ちに講師に就任、同9年助教授、昭和3年に工学博士の学位を受けられました。同4年から2年間ドイツのブラウンシェワイヒエ科大学に留学、ドイツの工学博士を受けられた。同6年帰国後、教授に昇任、昭和24年東京大学第1工学部長、同31年定年となり、名誉教授となられた。

先生の業績は東大のみならず、広く内外に及ぶが、主なものを挙げると、昭和16年日本学術振興会第10常置委員長、同22年電気学会会長、同24年日本学術会議会員(35年迄4期)、同27年日本学術振興会理事(39年迄)、同28年照明学会会長などの要職を果たされました。

東大在任中に、電力中央研究所の理事となり(36年迄、後に顧問)、同33年超高圧電力研究所専務理事(同42年から47年迄副理事長、後に顧問)、同42年日本原子力学会会長、同41年には、勲2等旭日重光章を授けられました。

私は、先生が助教授の時代に講義を受けた者であります。電気磁気交流理論という電気工学の基礎学科を教わったが、先生の講義は極めて名講義で、手まね足まねで面白く講義を進められる。ユーモアを混えたたとえ話に引きずり込まれ、ノートする手が止まってしまっていたと言う方が本当でしょう。電気の現象を数式で教えるより真の意味を捉える事を巌しく教えられました。先生が教授となられてからは、電気磁気交流理論は助教授にまかせ、電熱工学・電灯照明工学・電鉄工学など新しく発展して来た工学を持たれ、その講義ぶりは非常に興味あるものでした。

東大では10年、20年ごとに同窓会が開かれ、 先生方を招待する習わしでした。その際に、同窓会で出る話題は先生の講義ぶりが常でした。

先生は、東大を定年でおやめになってから、電力中央研究所と超高圧研究所にあって、送電技術の研究を指導され、今日の50万ボルト送電時代の基礎作りに、多大の貢献をなさいました。電力中央研究所は、九つの電力会社が拠金して作ったもので、送電に関する唯―の研究所であり、大山先生の指導力が充分に発揮されたものである。

日本大学の工学部が創設された折、全面的に東京大学が援助しようという事になった。大山先生は、工学部と専門部の両方の電気科長をしておられました。私が日本大学に就職した時にも、先生は毎週1回講義にこられ、その後で、電気工学科の教官を集め、研究と講義の進め方について長い時間を費やして指導して下さった。 時々は神田附近の料亭で会食することもあった。

先生は,また実際面に役立つ研究開発、学際的領域の開拓に熱意を示されました。そこで、20年前に電気科学技術奨励会が設立され、当初から会長となり運営に尽力されました。そして、オーム技術賞の審査委員長として、先生が昨年までに功労者として発掘、表彰された人は、700件1,444名に達しています。

7年前に、大山松次郎賞を設定するにあたっては、当初はご自分の名を出されるのをためらっておられましたが、電気界の研究者の励みになるならばと、承知して下さったものです。私は、今まで電気科学技術奨励会の副会長と、大山松次郎賞委員会、委員長をおおせつかってきた次第です。

最後に、学士会との関係について述べましょう。少壮気鋭の東大助教授であられた大正15年、東京大学創立50周年記念学士会館(旧館)建築に際し、学士会の依頼により、電気関係の設計に協力せられ、さらに昭和10年、学士会創立50周年祝賀記念会館増築に際しては、増築技術委員に選任きれ、現在の学士会館建設に、多大なる貢献をされました。

また、戦後米国駐留軍による会館の接収を機として行われた、本郷分館の建設にも終始関与せられ、昭和31年本館の接収が解除されるや、その復旧工事の推進並びに会館使用料等の問題解決のための特別委員にご就任、困難な情勢下にもかかわらず、全力を挙げられました。

その後、施設委員にご就任、会館施設関係の改善と近代化を促進され、会館維持向上に多大なるご功績を遺されました。

最長老の学士会理事として、前後56年の長きにわたって、学士会館と共に歩んでこられた大山先生は、毎月の午餐会にも必ず出席して温顔を見せられ、ことに8月20日、米寿のお祝いの杖をお受けになる事を楽しみにしておられました。

以上大山松次郎先生の人となり、御業績を述べました。私は、謹んで哀悼の意をささげると共に、御霊とこしえに安らかならんことをお祈り申し上げます。

(昭和6年卒 東京大学名誉教授)

<27号 昭58(1983)>

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