【24号】北海道-本州電力連系について/竹之内達也

昭和54年12月1日北海道と本州をつなぐ本格的な直流送電設備が15万kWの出力で運転を開始した。昭和55年6月には30万kWとなる予定である。函館と上北に変換所を設け、40 kmの海底ケープルと120kmの架空線などをもつ設備で、最終的には±25万V、60万kWとなる。全て国産の技術で記録的内容を含み世界的にも注視されている。その後の運転も順調である。以下に日本の直流電送の歴史を回顧し、この連系の紹介をいたしたい。

(1)わが国直流送電技術の生い立ち
第二次大戦末期(1945年)ドイツにおいて、115km±、20万V、6万kWの実験設備が僅か2週間運転し敗戦で中止したのが直流送電実用化の世界最初のものである。その後スエーデンにおいてゴットランド島送電が1954年世界最初の商用設備として運転を開始した。

わが国においては昭和27年より電気協同研究会に直流送電専門委員会が設けられ昭和38年に研究成果を発表し、多大の貢献をされた。また昭和33年に長崎港外高島において5km、3万V、3,750 kWの実用化研究が三菱電機(株)などの手によって行われ、一応成功したが、商用にはならなかった。

昭和34年頃よリスエーデンの技術調査の結果、確信を得て電源開発会社は50/60Hz連系計画を提案し、電力中央研究所内の両サイクル連系問題委員会の検討を経て、昭和37年2月に電力中央協議会において決定をみたのが佐久間周波数変換所である。送電線路はないが、直流送電技術の全面的応用である。直流に関係する主要部分はスエーデンASEA社よりの輸入品で、変圧器および電力用コンデンサ(フィルター用)などのみが国産であった。DC125kV、30万kWで水銀パルブによるわが国最初の商用設備である。昭和40年10月より営業運転を順調に継続している。この仕事を終って、直流機器の国産化をしなければならないと考え計画したところ、これが採り上げられ、官民共同してのサイリスタ変換装置の実用化試験研究が佐久間において行われた。昭和45年11月から3年間の実系統試験を経て、DC125kV、300Aの屋内空冷式と屋外油冷式のサイリスタパルプの開発に成功した。水銀に比してサイリスタは無逆弧、無化成などの利点がある。

このあと東京電力(株)は長野県に第二の50/60Hz周波数変換所の建設を行った。ここでは全て国産で、上記の屋外油冷式サイリスタパルプが採用されている。DC125kV、30万kW(将来60万kW)で、昭和52年12月に営業運転を開始し、その後順調に運転されていると聞く。国産による交直変換技術が正に確立されたのである。

(2)北海道-本州電力連系の建設
北海道-本州電力連系(北・本連系と略称)については昭和43年北海道開発庁の委託により電気協同研究会内に専門委員会が設立され3か年計画で、調査を始めたのが具体化の第一歩である。調査として技術的な諸問題、ルートの検討などが行われ、連系は可能であるとの結論であった。一方、これとは別に東地域の北海道、東北、東京ならびに電源開発の4電力会社による委員会が設けられ検討が行われた結果、昭和46年2月に最終出力60万kWとする連系の基本構想が4社によって策定発表され、同年9月には工事を電源開発会社が担当することも決定された以後ドルショック(昭和47年)、第一次石油ショック(昭和50年)などの経済変動による計画、工期の変更などがあったが、最終的には15万kW(54年12月)、30万kW増設(55年6月)、最終60万kW(時期未定)の計画で工事が進められた。

この設備の特長とするところは、(イ)わが国最初の本格的直流送電であり、しかも、深さ300m布設の海底横断である。汚損、塩雪害を含む直流架空線の絶縁設計、ケープルの絶縁、油圧設計など検討を要した。また諸外国において行われている大地帰路方式は日本の国情よりして時期尚早と思われ今回は金属帰路方式を採用した。(口)サイリスタパルプには前述の実用化試験研究に負うところが多いが、サイリスタ素子は4kV1、1500Aと世界最大級のものとし、また、制御方式に光ファイパーによるパルス信号伝送を用いる、など新味がある。なお、屋内形空気絶縁方式のパルプを採用しているのは東京電力の新信濃のものと異なる。 (ハ)潮流制御には常時の周波数変動を改善できるような調整機能を保有させているのも新しい試みである。

昭和51年夏頃から工事着工して以来、途中各種の困難を克服して予定通りの運転開始をすることができた。工事、調整、試験を通じて未解決の問題はなく、直流送電技術は信頼できるレベルにあると断言できる。人工故障試験で判ったことだが、故障電流アークは負荷電流程度に制御されて、損傷や系統波及が少ない利点を実感したまた鉄塔が小さく、電線の数も少なくてよいのも今後の超々高電圧送電時代に評価されてよいものと思う。終わりに、昭和30年12月の電気協同研究誌の直流送電中間報告の結言に、「新しい技術の開発に当っては、 経験を持たぬ不安から、ともすれば漠然とした危惧が持たれやすいが、直流送電の前途には超え難い障害はないように思われる」、 更に各界各層が、「実行力を発揮して一致協力することにより、わが国において大規模直流送電が一日の早く実現されることを期待する次第である」と述べられているが、今昔の感に堪えない。今後は実証済の技術として抵抗惑なく取り入れられるものと大いに期待しています。

(昭和25年第二工学部卒 電源開発(株)工務部長)

<24号 昭55(1980)>

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