【22号】ディジタル画像情報処理/尾上守夫

「百聞は一見に如かず」ということわざにもあるように人間が外界から情報を取り入れる手段として、画像は情報量からいっても、音声や感触によるものよりけた違いに優れている。また処理という点から考えても「パターン認識」という言葉があるように人間の認知能力は画像において最もよく発揮されている。したがって社会活動のあらゆる分野においてデータが画像の形で与えられることが多い。従来その処理は専ら目視によってきた。しかし集団検診などに端的に見られるようなデータ量の急増、それを処理する人手不足などから画像処理の機械化、自動化には強い社会的要請がある。

画像処理の方式は大別して光学、写真、ビデオ技術などに基づいたアナローグ処理と、電子計算機によるディジタル処理とがある。後者は、前者に比して融通性、精度、再現性などの点で優れている。しかし画像のもつ膨大な情報量(たとえばテレビの画面を画像に分ければ、約500×700=35万、それに濃淡、カラー、時間、変化などの情報が乗っている)を計算機内に貯えるための記憶容量とそれを直列に演算していくための時間が実用化の上で大きな障害になっていた。幸いにして集積回路技術の進歩によってディジタル記憶および演算のコストは、このインフレの世の中にあっても確実に低下しつつある。一方アナローグ処理のコストは他の物価と同様に上昇しているから、遅かれ早かれ両者はクロスする。その時期はその応用分野に対する社会的ニーズの強さで決まっていくる。

ディジタル画像処理が最初に日常的に使われはじめたのは衛星画像の分野である(新聞紙上おなじみの月や火星の写真は原画のコントラストが悪いのですべて計算機による強調処理が施してある。また処理の仕方一つで火星の空が青色になったりピンク色になったりしたニュースを記憶しておられる方もあろう)。宇宙観測では経済性をあまり考える必要はなかったが、その後の実用衛星ではそれを考慮してもディジタル処理を取り入れることが多くなってきた。たとえばリモートセンシングで知られる地球資源探査衛星では受信処理がアナローグからディジタルに切り替わってきたし、また多くの波長でとったマルチベクトル画像から土地利用や作況の判別を行うのに従来の目視からディジタルの専用機を使うことが多くなってきている。昨年上がったわが国初の静止気象衛星「ひまわり」の場合も、30分くらい隔たった複数の画像において雲の移動を追跡して、上空の風向、風速を求めるために大規模なディジタル画像処理施設が設けられている。

医学の場合は1972年に計算機トモグラフィ(CT)の劇的な登場がある。従来のX線写真がいわば影絵であるのに対して、CTでは各方向への投影像から断面像を再生することができるため、臓器や腫瘍の関係位置が手にとるようにわかる。レントゲンによるX線発見以来の画期的な出来事といわれているが、実はこの再生はディジタル画像処理によってはじめて実用になったものである。当初静止した頭部断面図をとるのに約4分間を要していたが、今やそれを秒以下に短縮して心臓など動きのある像もとれるようにと活発な研究開発が進められている。そこから並列プロセッサー、超高速データバス、高精細度ディスプレイなど画像処理技術全般に影響を及ぼす種々のものが生まれつつある。

医学の分野ではこのほかにも白血球の自動分類、子宮がんの細胞診の自動化、染色体の自動分類などがディジタル画像処理により実用あるいはそれに近い段階に達している。

はじめにも述べたように人間活動のあらゆる分野に画像処理が関与しているだけに、上記分野での成功はすべての分野にいっせいに波及するきざしにある。非破壊検査、海洋探査、地質探査、生活画像システム、長波長あるいは計算合成ホログラム、交通量計測、画像通信、顔や指紋の同定、印刷、デザインなどはその一部の例にすぎない。実用化の戦線は同時にできるだけ広くなる必要がある。幸いわが国の半導体、光学、ビデオなどの工業は世界に誇れるものがあり、またソフトウェアの開発にあてるべき教育程度の高い人材にも事欠かない。産業政策としてもディジタル画像処理の実用化に力を注ぐべきであろう。それとともに現在対象に密着している個々の画像処理の技法から共通・普遍のものを見い出して体系化していくことが大学の責務であろう。

ディジタル化した画像は従来の標本や写真と異なって保存、複製、輸送などによって劣化しない。したがって学校交流や教育に理想的な媒体である。それが真価を発揮するためには画像入出力装置の較正、記録方式、処理アルゴリズムなどの標準化が大切である。そのために標準画像データベースの建設がはじめられている。

東京大学ではこのような情勢に応えて昭和52年度から「多次元画像情報処理センター」を新設した。これは「画像情報機器学」と「画像電子デバイス工学」の両研究部門の協力を得て、画像処理関係の研究と標準画像の収集、配布のサービスを行っている。大方の御支援をお願いする次第である。

(昭和22年9月卒 東京大学生産技術研究所教授・多次元画像情報処理センター長)

<22号 昭53(1978)>

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