【14号】電子交換/山内正弥

昨年10月のPOEE誌上に英国郵政庁のMr.J.S.Whiteの「来たるべき30年間における電気通信」という論文がのっているが、その中で彼は次の世代をコンヒュータ、コントロール、コミュニケーションという3Cを中心とする情報化社会と定義した上、その3Cの頂点に立つもの、つまりコンビュータと制御機械と通信機との三位一体の装置として、 プログラム制御の電子交換機をあげている。

交換機は電話機の発明にきびすを接して、作り出されたもので、その歴史は古いけれど今までは単に通話接続のための道具として、専門家の間でしか関心が持たれなかった。しかし、今それは巨大な変化をとげ、情報革命のにない手として、その姿をあらわそうとしているのである。

電子交換研究の歴史は案外古く、わが国でも第二次大戦前の昭和14年頃、逓信省工務局で行なわれた記録があり、また同じ頃、米国でも電子交換に関する最初の特許が公告されている。しかし当時使用しうる電子部品の主力は熱電子管であり、電力消費量の増加、発熱量の増大、スペースの膨張等、どの点からみても在来のスイッチやリレーを中心とする電磁形交換機のメリットに太刀打ちできなかった。

昭和25年、 トランジスタが発明され、わが国でもパラメトロン等の固体電子部品が次々と発明されるにいたって、これらを用いて電子交換機を作ろうという機運が、ふたたび盛り上って来た(一説によれば、 トランジスタの発明自体、当初は電子交換部品を狙って作られたものたといわれている)。

だがこの時代になっても、研究の方向は単に交換機の機械部品を電子部品に置き替えようということのみにとらわれていたため、交換機の機能という面からみると、ほとんど飛躍のないもので、スベースの減少とか、ほこりによる障害の絶滅とかいう程度のメリットがあげられるだけで、既存交換機の優位性を覆がえす程に魅力のあるものではなかった。

これらはワイヤードロジック方式といわれるもので、当時わが国やヨーロッパ諸国で研究、発表された方式はすべてこの範ちゅうに属する。昭和35年、米国ベル研究所がモリス局で現場試験を行なった方式は、これらと全く異なった原理に立つものであった。すなわち、交換機を厳密に通話路部と制御部に分離し、制御部に蓄積プログラム技術を適用して交換機のコンピュータ化をはかったもので、その上、数万の加入者の接続動作を時分割的に行なう、いわゆるTSS技術や40年間の寿命を保証する信頼性技術等の点では、むしろ当時の最新のコンピュータ技術をも抜いたものであった。

ベル研はその後商用局用としてESS1号を実用化したが、その通話路にはフェリードスイッチのように機械的部品を用い、電子化という点では一歩後退したような感じであるが、 プログラム制御という基本線を更に押し進めて来たるべき情報化社会に備えようという意図は充分につらぬかれており、今日の電子交換機の標準となった。では在来形交換機とプログラム制御交換機とは本質的に何かちがうのかというと、今後に予想される新しいサービスの要求に対し、前者はハードウエアの改造、変化によって対処するのに対し、後者はプログラムの変更によって対応しうるという点である。

たとえばなしになって恐縮だが、在来形交換機は一般の動物のようなもので、寒くなると体毛が生え、暑くなるとそれが抜け変るといった方式で環境の変化に対応する。しかしこのような手段による適応には限度があり、外部条件が急激に、あるいは過度に変化すると死滅してしまう。一方人間はこのような環境の変化に対して家を造り、着物を着、火をたくといった方法、つまり自分自身は変化せず頭脳の所産である道具を使いわけることによって対処する。

電子交換機の外部条件に対する適応のしかたは、ちょうどこの人間の適応のしかたと似ており、ハードウエアはそのままで、ソフトウエアの変更のみによって次々と新しいサービスを提供していくのである。

1970年代は激動の時代だといわれているが、電気通信の分野における変動も飛躍的なものとなるであろう。思いつくままにあげてみても、テレビ電話を中心とする画像通信の出現は必至であり、異速度異符号の各種データ端末の相互接続も必要である。

これらをセンタコンピュータに結んで、すべての端末が、中央の巨大な情報網を自由に利用しうるようになるであろうし、さらにはテレコントロールとよばれる通信回線を介しての制御技術も進むであろう。これらの各種の要求に対し、フレキシブルに対応し、もっとも経済的に実現させるものこそが電子交換機なのである。

昨年12月18日、電々公社が中心となり日本電気、沖電気、富士通、 日立製作所の4社と協同研究を続けてきた電子交換機DEX2号が、はじめて東京牛込局で現場試験に入った。本年8月にはこの改良形が霞が関局に搬入される予定であり、引き続き商用試験計画も進められている。新しく誕生するこの新交換機に対する暖かい御理解をお願いしたい。

(昭和20年9月卒 日本電信電話公社通信研究所交換研究部長)

<14号 昭45(1970)>

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