【14号】日本経済の成長力/鹿野義堆

日本経済は、昭和40年の不況によって、いよいよその成長路線にも屈折が生じ、成長のテンポもややにぶるのではないかと思われたが、多くの人々の予想を裏切って、不況からの回復後は年平均の実質成長率が13%をこえ、しかも今までになく長期にわたって持続しているのである。

「山高ければ谷深し」のたとえがある通り、山を下りだすと40年のような深刻な不況に再び襲われるのではないかとの一抹の不安がないでもないが、 このところのあまりにも、順調な経済発展には、正直にいって私共もいささか不思議な気持がする。

この不思議な日本経済の成長力の根源はなんであり、それは今後どのように変化するであろうかについては、既に多くの経済学者や官庁エコノミスト達によって論議され、書物にもなっているのであるが、私なりに日頃考え、且つ感じているところを述べてみたい。

ごく端的にいって、経済の成長は、労働力の増加と労働生産性の向上によって、もたらされるものである。戦終後、街にあふれていた失業者や闇商人の労働力化が復興期の成長の原動力であったが、その後は農家の次・三男が二次三次産業に転出し、更に昭和40年前後は、戦後のベビー・ブームの労働力化する時期に遭遇して、若年労働力にも比較的にめぐまれて、現在に至ったのである。最近の10年間では、労働力の増加が年平均2%程度日本経済の成長を支えてきたものと考えられる。しかし、70年代にはいってからの労働力は一変して本格的な不足状態におちいり、年率1%程度の増加がやっとであると推計される。しかも、そのうちのかなりの部分を女子中高年令層の人々の労働力に期待せざるを得ないのである。外国からの労務者を入れてはどうかとの意見もあり、一部の産業では真剣になって考えているようである だが私は、労働力と資源を求めて、わが国の企業が海外に進出する方が先であると思う。

次に、労働生産性の向上については、これを資本装備率と技術水準の向上に分割して考えられる。最近の10年間の生産性向上は、年平均約9%であるが、試算してみると、大づかみにいって、資本によるものが4%、技術によるものが5%とみなすことができるようである。資本装備率の向上は、専ら企業の設備投資によるものであるが、企業家の投資意欲とその資金的な裏付けをなす国民の貯蓄心によって支えられている。今後も、わが国経済に競争原理が有効に働く限り、企業家の投資意欲が衰えるとは思えないが、貯蓄心の方はいささか心配である。

最近は、カラーテレビだ、マイカーだというように派手な消費生活が展開され、昭和元禄とまで言われるが、国民の貯蓄は現在のところ意外に旺盛で、個人の貯蓄性向は19%をこえ世界の最高であり、一向に下降傾向を示さない。しかし、これは貯蓄心が旺盛であるからというよりも、所得向上の速度に消費の伸びが追いつかないために、所得のかなりの部分が貯蓄に廻つているとみられるので、成長がスローダウンしはじめるとどのようになるか問題である。

さて、技術水準の向上については、これまでは海外からの技術導入によって支えられていたのであるが、今や内外の技術格差も縮少して来ており、それに多くを期待できない。また、自主技術開発のための研究投資も諸外国に比較して少ないので、どれだけ自力で技術水準の向上が可能であろうか疑問であるといった声が高い。しかし、日本人の技術革新意欲は決して衷えていないし、これからも設備投資が活発におこなわれる限り、常に技術向上が付随するものであること。更に中小企業や農業の分野に、高い水準の技術が普及する余地がなお非常に大きいことなどを考えると、まだまだ当分は技術水準の向上による経済成長は続くと思われる。

また成長力の将来を考える場合、より本質的な問題は国民の勤労意欲の問題であると思う。労働力の増加が衰える上に、労働時間が短縮され、週休二日制にともなるとその影響は決して小きなものではあるまい。若者は大いにレジャーを活用するであろうが、次第に残業をも拒否するであろう。そして社会保障制度の充実とともに、老人も働くことをやめるといった傾向が今後強まってこないとはだれも保証できない。「日本人は一体何を目的にこんなに働くのであろう」という英国人の疑問がおのずから解消してしまうかも知れない。

最後に、成長力の最も基本的な問題として教育の問題がある。わが国には、明治の初めに設けられた小学校の数が、現在の小学校の数に近いほどあり、そのまた前の寺子屋の数が小学校の数ほどあったと聞いて、わが国の成長ポテンシャルは、すでにそのころより高められて来たのであろうと思う。そしてまた、戦後の6・3制や、大学教育の普及は、たとえ駅弁大学であるとの批判はあるにしても、高等致育を受けた多数の人的資源を供給したことで、戦後の成長力を一段と高めたものと考える。しかもわが国の教育制度がまことに自由競争であって、常に社会の指導者の血が新しく入れ替わっているというところに、日本経済の成長力の根源である民族のバイタリテイが常に養成されてきたものと考えられるものである。

いずれにしても、日本経済は70年代においても、実質で10%程度の成長を可能にする力は充分に持っているものと考える。ただ問題は、果たして物価が安定するかどうか、また自然の美しさが破壊され、国民が公害にますます苦しめられるというようなことにならないかどうかである。

(昭和16年卒 経済企画庁事務次官)

<14号 昭45(1970)>

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