【7号】太平洋横断ケーブルの話/木村光臣

国際電信電話会社ではアメリカ電話電信会社及びハワイ電話会社との共同事業として、今度大平洋横断電話ケーブルを建設することになった。大平洋横断といってもハワイ、サンフランシスコ間には既に1957年に布設さてた海底同軸ケーブルがあるのだから、今度のケーブルは日本からグアム、ウェーキ、ミンドウェーを経てハワイに至る約1万キロメートルのケーブル布設で事足りるわけである。ところで大平洋横断ケーブルは我国にとって初めてのものではない、というと若い方々は意外に思われるかも知れぬが、1906年に開通した鎌倉グアム間の電信ケーブルは最初の大平洋横断ケーブルであった。これは途中小笠原島に立寄リグアム、ミッドウェー、ハワイを経てサンフランシスコと連絡し有線による日米間通信路として活躍していたのであるが、1941年大平洋戦争ぼっ発と同時に運用を停止し、戦後もついに復活されることがなかったのである。勿論半世紀以上も昔のケーブルであるから日進月歩の発展をとげつつある今日の通信技術から見れば当然棄て去らるべき運命にあったことは間違いない。

新らしい大平洋横断ケーブルは新しい技術が盛られた海底同軸ケーブルを使用するのではあるが、SD型と呼ばれるこのケーブルは在来の海底ケーブルとは少しく趣を異にしている。従来はケーブル内部のコアを保護し、布設または修理の際の大きな張力に耐えるよう鉄線による外装が施されていたが、この外装鉄線の撚りは張力を受けるとケーブル廻転力を与え、 これがケーブルや海底中継器を傷めやすい結果となっていた。それでこの抗張力を受持つ鉄線を思切って同軸ケーブル内部導体の中心部に置くというアイデアをとり入れたのである。こうすることによって大きい張力を受けたときのケーブルの廻転力を小さくできるし、ケーブル自体軽量になることによって張力そのものも少くすることができる。更に従来の外装鉄線が海水のために腐蝕を受け易かったのをも防止する結果となる。このケーブルは日本では約3年前に設立された大洋海底電線会社が製造することになっているが、この種のケーブルを製造できるのはイギリスのSTC社とアメリカのWE社だけであって、日本が最近やっと横浜市にこの工場を完成したのはめでたい。SD型ケーブルはその構造が極めて簡単であり、それがまたこの特色でもあるが、その代り材質や寸法等の厳密性は大変なものであって絶縁体切削工程や試験室は常時空気調節を行うほか、工場全体の防塵には極度の注意を払っている。また1区間20浬を1連続工程で作り上げる必要上、従来のケーブル工場と比較してすべての機械が大型となり、またその操作は完全に自動制御化されているし工程中の計測管理も頗る厳重である。

近頃の電子工業関係の工場は病院的清潔さということがよく言われるが、海底中継器の製造も正にこの病院的清潔さの中で行なわれている。何しろ一旦海底に布設してしまえば少くとも20年は全く人手にふれることもなく、その動作は無事故であることが要求される。WE社ではこの製造のために新らしい工場をニュージャージー州のクラークに建設した。現在のところこのSD型ケーブル方式に使用される中継器を製造し得るのはこの工場しかない。SD型海底中継器は硬直型双方向式であり、 1956年最初に大西洋に布設されたTAT-l方式の中継器が可撓型単方向式であったのと異っている。この中継器を同軸ケーブル20浬毎に挿入することによって、上り下り両方向の通話電流が増巾され1条のケーブルによって128個の3KC巾音声回線を得ることができる。伝送周波数帯は約lMCであるからテレビ伝送は無理であるが、将来更に進んだ方式SE、 SF方式といったものが考えられるとすれば、これも可能となる時期がやって来よう。

この中継器は厳密な耐圧、水密性を保証したベリリウム銅の容器の中に電力分離回路、方向濾波器及び長寿命真空管3個からなる増巾回路を信頼性を考えてダブルにした装置などが収められている。5000個の部品からなるこれらの回路が深海底において少くとも20年の寿命を保証する信頼性を与えることはなかなか大変なことなのである。1個の中継器の生産には延べ63週間を要するが、このクラークの工場は年産800個といゎれている。挿入される中継器10個毎にこの間のケーブル損失と中継器利得とをマッチさせるため等化器が挿入される。この200浬分を1海洋区間と称しているが1つの饋電点から内部導体を通って直流饋電できる最大限は18区問、即ち3600浬であり、今度の場合はハフイとグァムにその饋電点が置かれる筈である。日本側のケーブル陸揚点は私どもの調査結果に基いて相模湾の二宮町と決定された。ルートは大島、鳥島の東側、小笠原島の西側、硫黄島の東側を通ってグァムに至るもので、この区間の最深部は4600mにも達する。このルートは奇しくも1906年に布設されたグァム系のルートと殆んど同一となった。テーブル布設のためにはATT社が新たに設計したSDケーブル方式の布設船ロングラインズ号(約11200トン)が使用される。今年の末頃から明年初頭にかけて、5600浬にわたるケーブル布設が行なわれるのである。

二宮町には目下海底線中継所が建設されつつあるが、この夏頃までに局舎建設を終り、海底ケーブル端局装置と国内連絡線用搬送局装置とが設置される運びである。東京関門局も増築が9月頃完成するからここに搬送端局装置や国際電話の半自動交換装置の他に将来は電話回線を倍増できるTASI(時分割通話挿入)装置など置く予定である。いよいよ来春を期して完成を予想されるこの大平洋横断ケーブルに寄せる私ども国際通信関係者の夢と期待は大きい。

<7号 昭38(1963)>

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