【8号】科学のオリンビック/安川第五郎

オリンピック東京大会は開期まで余すところ僅かに二百余日に迫ってきた。本年に入り何かと話の本筋の如何にかかわらず必らず本年はオリンピックの年だという言葉がはいってくる。さすがにのん気坊の筆者も何だか気ぜわしい気分にいささか煩わされるようになってきた。

さてこの東京大会に対する安川ビジョンを会長就任早々から問われるが、従来日本色豊かな祭典と申し訳にいい続けてきたが、しからば日本色とは何かと反問されると一寸確答に困るわけである。ところが諸準備を進めてゆく間に自ら気がついてみると、東京オリンピック競技に著しい特徴は時間の測定、標示板、速報等に関して電気の応用が従来の大会に見られぬ程度に普及する可能性が感知せらるるのである。

従来競技の時間測定はもっぱらストップウォッチに依存していたので往々して等級決定に問題が発生したこともあったかに聞きおよんでいるが、最近熱心な電気メーカーの考案により自動的にゴールタッチとともに千分の―秒程度の正確度において結果が記録される装置が提供されるに至り全く従来の方法に根本的な改革が加えられんとしている。なお各国から来朝している新聞、ラジオ等の報道陣の中心たる(青山会館)プレスセンターに各競技場からの速報にIBMが協力することになっているなど画期的な電気応用が来たるオリンピックに取り入れられんとしていることはわれわれ電気技術者のほこりとして快哉を叫ばざるを得ぬところである。

もちろんオリンピックの起源はきわめて古く、紀元数百年前から伝わった大祭典で、時代とともに型式や設備、運営法等漸々と近代化されてきたことはもちろんであるが、この度の第十八回東京大会におけるほど近代技術で(もっばら電子工学技術)の導入されたのは顕著な大進歩と申してさしつかえない。しかもこれらの設備については国内メーカーの一方ならぬ熱意が傾倒されていて、殆んど営業意識をすてて全く犠牲的精神の結晶ともいうべきオリンピックに対する協力態度にはわれわれ当事者として頭が下がる思いがするのである。

かくて東京大会は科学のオリンピックと宣伝してもさらに恥づかしからぬ内容を具備するであろう。

<8号 昭39(1964)>

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