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  • オリンピックの辰年―その5/寺山進@クラス1955

     今回は2012年の壬辰、即ちロンドン・オリンピックの今年である。本ブログ投稿時点ではオリンピックが未開催なので、ここでは日本選手団の成績予想を試みる。

     「女子サッカーや柔道など期待される種目が不振であるが、一方で意外な種目の健闘が見られ、4~5ケの金メダルは辛うじて確保出来る。しかし全体としては不本意な結果に終わる」
    個人的にはこの予想が大外れし、笑いものになる事を願っている。

     新入社員の頃は自分に定年が訪れるなど、想像も出来ない位遥か将来の出来事だった。しかし毎年何人かの先輩を送っている間に、何時しか「やがては自分にも・・」と思うようになった。その内に「21世紀」迄生きられるか「喜寿」迄は・・となって来たが、何れもとっくの昔に通過してしまった。
     2011年のデータによると、日本人男性の平均寿命は79.64歳である。これは79年と7.5月位になる。たまたま小生は1932年7月31日生まれなので、まさに丁度今現在、平均寿命に達している訳である。随分長生きしたと思っているのに漸く平均である。「成程、日本は高齢者社会である」と実感する。これからは「米寿」だ「白寿」だ「100歳」だなどとは一切気にせず、「神の与え給うた天命に従う」心境で過ごして行きたいと思っている。 

     そうは思っていても、多少は気になる事が二つや三つあるのが凡人の浅ましさである。
    その一つは平成の次の年号である。これはかなり微妙でかつ恐れ多い話題ではあるが、今上陛下がたまたま我々と同年代である。そこで秋山稔先生の「平均余命論」を持ち出し純統計学的に考えてみると、小生が次の年号を知る確率は50%であり、又50パーセントの同級生がそれを知るという事になる。
     もしその時点で小生がこの世にいなかったなら、残された同級生はこのブログを思い出してご確認下さるよう、今からお願いしておきたい。
     
     
     「次の年号の予想」 
     新しい年号はM、T、S、H以外のアルフアベット頭文字で始まるだろう。明治、大正、昭和、平成と続いた後だからである。子音では案外限られてくる。
     まず、Kで始まる「光」の字が有力ではないかと思った。しかし、昭和に代わる幻の年号候補として「光文」が毎日新聞の大誤報で有名になった。「光明」、「光仁」、「光和」或いは「始めに光ありき」で思いつく「光始」や「光初」、「光緒」など有力な候補が既に歴史上に出て来ているのが欠点である。小生が思いつく程度の文字は、二千年前から漢民族に愛用されている。光の次に来る字として、何か良い案は無いだろうか。

     次の有力候補は頭文字がWになるが、「和」で始まる年号である。何といっても「和を以て尊しと為す」。日本人や日本社会を一言で表すと「和」になるのではないか。「和光」、「和仁」、「和明」、など案外歴史に出て来ていないので、有力ではないかと思う。いっその事、聖徳太子の教えにそのまま戻って、「和尊」は如何だろうか。
     
     「東京オリンピック」
     次の関心は東京オリンピックを見る事が出来るかどうかである。東京オリンピックは必ず行われるとは限らない。むしろここ当分、行われない確率のほうが高い。東京は2020年の開催都市に立候補しているが、まず無理であろう。と云うより寧ろ、東京でのオリンピックは不必要なのかもしれない。
     
     2012-1-7付朝日新聞夕刊「窓」欄で、稲垣康介論説委員が五輪の「招致合戦」を取り上げている。「海外の立候補都市ではトップが広報官。しかし日本は違う。2016年大会の選考で敗れた日本のトップは、五輪関係のパーティーでも自ら人の輪に入ろうとはしない。取り巻きが御膳だてに汲々としている」そうである。朝日新聞にまで批判されてはどうにもならない。しかし日本の組織では良く見かける有り触れた光景である。

     記者会見では「君達は知らないだろうが、五輪の票集めは大変なのだ。ここでは云えない様な裏の事も沢山ある」と、さも自分だけが知っているかの如く得意になっていた。しかしこんな事は全く常識的な筈である。戦後輸出に携わって苦労してきた商社の先輩方が、鼻の先で軽蔑しているだろう。日本人が生きるのに必要な、食料や石油の外貨稼ぎの為には、時には危ない橋も渡って来た連中は沢山いる。
     もっとも本人も馬鹿ではないので「責任はJ.O.C.(日本オリンピック委員会)にあるが無能だから駄目だ」と既に自らの責任逃れをしている。
     芥川賞の田中慎弥氏は、話題になったユニークな受賞会見の中で「小心者の閣下」と云っている。似たような場面があったなと思ったが、以前対立関係にあった頃の田中康夫氏が「Coward」と切り捨てていた。さすがに文学者ともなると、人の本質を見抜く観察力と寸鉄人を刺す表現力が違う。 

     国策捜査の犠牲になって長期の拘置所暮らしを経験した佐藤優氏が、充分な予算を持ってインテリジェンス的誘致活動を行えば、或いは2024年の東京オリンピックが実現するかも知れない。
    小生が辛うじて見ることが出来るのは2024甲辰のオリンピック迄だろう。「92歳なら或いは・・」と欲が出てくる。「米寿」など気にしないと先程云ったばかりなのに・・・
     1964年甲辰・東京オリンピックの思い出を書いた年賀状から始まった本ブログの連載も、この辺で終わりにしたい。つまらない文章にコメントを寄せて下さった諸兄に改めて感謝申し上げたい。
       平成24年3月10日

    2 Comments »
    1. 私はオリンピック辰年の生まれですので5回のお話を大変興味深く読みました。時折自分史の本を頂きますが他人事とてなかなか馴染めません。しかし貴兄のこの稿は辰年とオリンピックというメリハリの利いた断面でオリンピックと貴兄のお仕事などの様子が描かれていましたので、また同じ学び舎に学び同じ分野での仕事をしてきたということもあって大変身近に感じました。若いころの多忙なお仕事、ソフトの発展と技術などをそれぞれの時代の私自身の思い出とからめて楽しくあるいは身につまされて読ませていただきました。たくさんのコメントが寄せられたのは諸兄も同じ気持ちであったからだと思います。
      しかし1928年生まれの私にとって辰年のオリンピックは今年が8回目。まだ3回がお話の空白になっています。
      1928年はアムステルダムオリンピックの年。織田幹雄選手が三段跳びでオリンピック史上日本初の金メダルをとった記念すべき年でした。私はそのころ9か月。もうすべての器官が整っておりましたのでそのニュースはネットならぬストリングを通してすべて聞いており、喜んで羊水のなかで三段跳びをしたのを覚えています。さすがにおふくろはびっくりしてイタイ!!そしてこのオリンピックから女子の参加が認められたそうです。
      それから12年経った次のオリンピックは皇紀2600年を記念する東京での開催予定でしたが、風雲急をつげて開催を辞退。オリンピックは開かれませんでした。この年私は小学校6年生。諸兄も小学生でした。もう遠い昔ですが様々なことが思い出されます。諸兄はこの年どのように過ごされたのでしょうか。聞かせていただきたいと思っていますが。

      コメント by サイトウ — 2012年3月16日 @ 21:43

    2. このシリーズは元々、小生の年賀状に対して斉藤兄から頂いたメールから始まったものです。終わりに当たって過分なお褒めのコメントを頂き、尚更有難く思いました。
      小生は1932年、昭和7年生まれですので、1939年に小学校入学、1940年の皇紀2600年には小学2年生でした。当時は、東京オリンピックの中止など全く意識にありませんでした。
      「紀元は二千六百年・・・」の歌は今でも覚えていますし、「パーマネントは止めましょう・・」という替え歌を美容室の前で歌って、店の主人に怒られた記憶があります。これは、横浜の平沼小学校時代です。
      この頃は未だ、町にお菓子屋さんを見かけていました。父の勤務の都合上、この後一年と数か月間大連の小学校で過ごし1941年の夏に帰国しました。その時にはもう既に、町でキヤラメルを買うことが出来ませんでした。満州では全く昔の儘、商品が何でも手に入っていたので驚きました。
      1952年、昭和27年も今年と同じ壬の辰です。殆どの級友は、教養学部二年の夏休み中でした。専門課程進級を前にして、やや落ち着かない時期だったでしょうか。
      戦後初めて日本が参加出来た、ヘルシンキ・オリンピックの年でもあります。四年前のロンドン・オリンピックでの水泳自由形決勝の当日、水上の日本選手権大会が行われました。ここで古橋広之進氏が、ぶっちぎりの世界記録を連発し、オリンピック参加国からプールの長さ迄本気で疑われました。この「ふじやまのとびうお」が本大会では、漸く400メートルの決勝まで進出したものの八位に終わった事や、絶えず古橋の陰に隠れてしまっていた橋爪四郎選手が、1500メートルで又もや、伏兵アメリカのコンノ選手に敗れて銀メダルに終わった事など、残念な事の多いオリンピックでした。

      コメント by 寺山進 — 2012年3月17日 @ 17:04

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