リトアニア史余談41:雷神ペルクーナス/武田充司@クラス1955
記>級会消息 (2015年度, class1955, 消息)
バルト族は自然界の様々なものに神性を認め、それらを恐れ敬うという多神教的な信仰をもっていたが、リトアニアの人々にとって、そうした神々の中でもペルクーナスは最も重要な中心的な神であった(*1)。
ペルクーナスは雷神であり火の神である。生命を再生し、正義と秩序を守る神である。リトアニアの人々は、農民も戦場に赴く兵士も、みなペルクーナスに祈った。現在のリトアニア共和国の紋章(*2)に描かれている騎士は、正義の味方であり戦いの神であるペルクーナスの化身であるという。戦場に赴いたリトアニアの戦士たちはペルクーナスの旗を翻して勇敢に戦った。また、キリスト教(カトリック)を国教とする以前のリトアニアの君主たちは、ペルクーナスを最高神として祭り、その力によって統治した。
リトアニアの農民にとってペルクーナスは雷と天候を支配する神で、雨を恵み、大地に生命を再生してくれる神であった。そして、春一番の雷は大地を清め、生命を蘇らせてくれると信じていた。彼らは、この春一番の雷を待たずに農作業を始めることを禁じていた(*3)。
ペルクーナスが人間の姿となって現れるときには、顔は銅のひげで覆われ、手には稲妻や斧を持った恐ろしい形相の男となって現れる(*4)。このペルクーナスの化身が持つ両刃の斧は創造と破壊を象徴している。ペルクーナスは人間を守ってくれる力強い神であると同時に人間の過ちを正すために天誅を下す恐ろしい破壊者でもあった(*5)。
リトアニアの農民にとってペルクーナスは雷と天候を支配する神で、雨を恵み、大地に生命を再生してくれる神であった。そして、春一番の雷は大地を清め、生命を蘇らせてくれると信じていた。彼らは、この春一番の雷を待たずに農作業を始めることを禁じていた(*3)。
ペルクーナスが人間の姿となって現れるときには、顔は銅のひげで覆われ、手には稲妻や斧を持った恐ろしい形相の男となって現れる(*4)。このペルクーナスの化身が持つ両刃の斧は創造と破壊を象徴している。ペルクーナスは人間を守ってくれる力強い神であると同時に人間の過ちを正すために天誅を下す恐ろしい破壊者でもあった(*5)。
ペルクーナスの表象として重要なものに「ペルクーナスの十字」と呼ばれるものがある。この十字には幾つもの変形された種類があるが、単純なものは、アルファベットのXの形をした十字(傾いた十字)や、上下左右が対称な十字があるが、やや複雑のものとしては、まんじ(卍)や、その逆の鉤十字(*6)がある。さらに複雑化したものは「まんじ」などの4本の手の先に小さな鉤の分岐がついたものがある。このような形はすべて稲妻をデザイン化したものである。そして、これらの表象は、魔よけのために様々なところに使われる。たとえば、ドアに描いて魔物が入ってくるのを防ぐとか、大地に描いて蒔いた種を守るというように。
ペルクーナスには1年の季節の変化を通して自然と生命の循環を司る神としての性格がある。それゆえ、リトアニアには「ペルクーナスの日」というのが幾つもある。たとえば、2月2日も6月29日も「ペルクーナスの日」である。10月1日は「ペルクーナスの休日」である(*7)。また、木曜日はペルクーナスに火を捧げる日で、今でもこの日には特別な蝋燭を灯す習慣が残っているという(*8)。
〔蛇足〕
(*1)バルト族の伝統的信仰も時代とともにゆっくりと変化しているので、どのような神々が彼らの精神世界を支配していたかは時代によっても異なるのだが、西欧の歴史に登場するリトアニア人の伝統的信仰の中では、ペルクーナス(Perkunas)が最も重要な神で、これは雷神と訳されているが、その性格はもっと広く深いものである。
(*2)「余談:国旗と国章」の蛇足(*5)参照。
(*3)キリスト教(カトリック)がリトアニアの宗教となってからは、イースタ後に春一番の雷が鳴ると「吉」、イースタ前に鳴ると「凶」と考えられるようになった。
(*4)ペルクーナスのこの姿は、何となく、秋田県の男鹿半島地方に伝えられている小正月の夜の行事に現れる「なまはげ(生剥)」を連想させる。
(*5)このような自然神の相反する2面性は特異なものではないようだ。日本の神々の中にも見られるから、これはかなり普遍的なものと思われる。
(*6)鉤十字(ハーケン・クロイツ:Hakenkreuz)はナチ党の徽章として有名になったため、バルト族の末裔である現代のリトアニア人は困惑させられたようである。我々は、ハーケン・クロイツを見ればヒトラーやナチス・ドイツの悪夢しか思い出さないが、リトアニアの人たちにとっては伝統的信仰に根ざした表象として昔から使っていたものなのだから、迷惑千万なことであったろう。
(*7)このような多くの異なったペルクーナスの日に、ペルクーナスはそれぞれ異なった姿となって人々の前に現れるので、伝説では、春を司るペルクーナス、秋を司るペルクーナスといったように、様々なペルクーナスがいると考えられ、合計9人のペルクーナスがいると信じている人もいるという。
(*8)木曜日はドイツ語で「雷の日」(Donnerstag)であるから、キリスト教(カトリック)の国となってからのリトアニア人は、それ以前からあった彼らのペルクーナス信仰を木曜日に結び付けたのであろう。「火の神」でもあるペルクーナスに特別な蝋燭を灯して、これを「ペルクーナスの火」として様々な行事に使う習慣も昔からあったのだが、その習慣も取り入れたのであろう。日本でも、仏教伝来以前からあった伝統的な神々の信仰と結びついた習慣や行事を、巧みに仏教行事に取り入れて融合させているから、こういう類似性には興味深いものがある。
(2015年4月記)
(*1)バルト族の伝統的信仰も時代とともにゆっくりと変化しているので、どのような神々が彼らの精神世界を支配していたかは時代によっても異なるのだが、西欧の歴史に登場するリトアニア人の伝統的信仰の中では、ペルクーナス(Perkunas)が最も重要な神で、これは雷神と訳されているが、その性格はもっと広く深いものである。
(*2)「余談:国旗と国章」の蛇足(*5)参照。
(*3)キリスト教(カトリック)がリトアニアの宗教となってからは、イースタ後に春一番の雷が鳴ると「吉」、イースタ前に鳴ると「凶」と考えられるようになった。
(*4)ペルクーナスのこの姿は、何となく、秋田県の男鹿半島地方に伝えられている小正月の夜の行事に現れる「なまはげ(生剥)」を連想させる。
(*5)このような自然神の相反する2面性は特異なものではないようだ。日本の神々の中にも見られるから、これはかなり普遍的なものと思われる。
(*6)鉤十字(ハーケン・クロイツ:Hakenkreuz)はナチ党の徽章として有名になったため、バルト族の末裔である現代のリトアニア人は困惑させられたようである。我々は、ハーケン・クロイツを見ればヒトラーやナチス・ドイツの悪夢しか思い出さないが、リトアニアの人たちにとっては伝統的信仰に根ざした表象として昔から使っていたものなのだから、迷惑千万なことであったろう。
(*7)このような多くの異なったペルクーナスの日に、ペルクーナスはそれぞれ異なった姿となって人々の前に現れるので、伝説では、春を司るペルクーナス、秋を司るペルクーナスといったように、様々なペルクーナスがいると考えられ、合計9人のペルクーナスがいると信じている人もいるという。
(*8)木曜日はドイツ語で「雷の日」(Donnerstag)であるから、キリスト教(カトリック)の国となってからのリトアニア人は、それ以前からあった彼らのペルクーナス信仰を木曜日に結び付けたのであろう。「火の神」でもあるペルクーナスに特別な蝋燭を灯して、これを「ペルクーナスの火」として様々な行事に使う習慣も昔からあったのだが、その習慣も取り入れたのであろう。日本でも、仏教伝来以前からあった伝統的な神々の信仰と結びついた習慣や行事を、巧みに仏教行事に取り入れて融合させているから、こういう類似性には興味深いものがある。
(2015年4月記)
2015年4月16日 記>級会消息