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  • 美味礼賛/斎藤嘉博@クラス1955

     昨年10月、NHKの語学番組「攻略英語リスニング」でフランスの美食家“Brillat-Savarin”がとりあげられました。彼がその著書「Physiologie du Gout」で評判が高いこと、ダイエットの先駆者であることなどが250語あまり、2分弱の話にまとめられています。

     その本は関根英雄によって「美味礼賛」と訳され上下二冊の岩波文庫に収められていますが、原題を直訳すればグルメの物理学。訳題から想像されるようなミシュラン流の書ではなく、味覚、美味学、食欲、美食家、食卓の快楽、肥満症の予防と治療、料理術の哲学的歴史など大変広い範囲の食物学で、つまり原文のタイトルそのままなのです。 美味礼賛ー1(40%).jpg
        美味礼賛
     とにかくこの頃は小さいレストランと食べ物屋が増えました。一軒の店がつぶれるとそのあとはまた食べ物屋。私の家近く、代々木上原駅の近辺でもそうなのです。その昔戦中戦後、食べるものがなくてずいぶんひもじい思いをしました。半分腐ったサツマイモを干したもの、月に一度ぐらいは食べさせてもらえる銀シャリの美味しかったことが夢のようです。
     どこのテレビ局でも毎日のように歌手やタレントの食べ歩き、有名人の自慢料理、果ては料理人同士の対決まで様々な食べもの番組をやっています。一口食べて「ア!ウーン、おいしい」。芝居と判っていてもやはり馴染みのタレントの様子をみると魅力を感じるのでしょうか。番組のあとスーパーや紹介されたお店は必ず沢山の人で賑わうようですから。もう大分前になりますがさる牛丼屋で昼を食べました。食べている時には「ウンこれならいけるじゃあない」と思ったのですが、店を後にした直後、口の中に残った油がいかにも不愉快で、すぐコーヒー店に入りました。テレビの一口食べたアトの「ア!ウーン」はまったく宛てにならない味わいなのです。
     味というのは難しいもの。雰囲気によって全く味が変わります。シルトホーン小屋でユングフラウ三山を眺めながら食べたサンドイッチ、モンブランの夕景を眺めながらプラリオンの山小屋で食べたフォンデューのおいしさはいまでも忘れられません。サンドイッチなんて麓のベンゲンのパン屋で買ったごく普通のものだったのですが。
     上述のブリア・サヴァランは味覚を直接感覚、完全感覚、反省感覚という三つの感覚に分けています。直接感覚は料理が舌の上にある間に感じる第一印象、料理が喉に移って(鼻腔の下にあって臭覚を感じ)身体全体で感じる感覚が完全感覚、そして感覚機関から渡されたもろもろの印象に霊魂が与える判断が反省感覚なのだそうです。やはり後々までおいしさが尾を引く後味のいいもの、反省感覚がいいものが本当の美味なのでしょう。しかしそのためには第一、第二の感覚もすぐれていることが条件。
     大分昔になりますが、私が平塚のゴルフで何回かご一緒したレカンの矢野社長(今は亡くなられました)が「是非私のレストランにいらっしゃい。ご馳走するから」と誘ってくださいました。レカン(L‘ecrin)といえば銀座御木本の地下にある超一流のフランス料理店。一夕ありがたく家内と一緒に伺いますと社長招待ですから最高のご馳走を。そして私たちの前でも大変厳しくウェイターを指導しておられました。美味しい皿を褒めますと、矢野さんは「そう、私でもハラハラするくらいにワインをたっぷりと使うんですから」と隠し味の大切さを言われていました。そして最後に「斎藤さんネ、普段はなにを食べてもいい。いつもうまいものを食べるなんて懐ももたないでしょう。しかし月に一度ぐらいは張り込んで本当にうまいものを食べてください。それが人生を大切にし、明るくすることになるのです」。懐との相談がままにならずになかなか月一とまで行きませんが、今でもなるべく矢野社長のアドバイスを大事にするように努めています。
     ついでながら件のブリア・サヴァランを名前にしたフランスチーズがあります。白カビタイプの一見カマンベールに似ているチーズですが、ミルクに生クリームを加えて作り出すこのチーズはやや酸味のある大変濃厚な味で香りも抜群です。是非一度ご賞味ください。
     もう一つ、美味というと昨今話題になっているコミック「美味しんぼ」(雁谷哲著、小学館)はなかなか面白い。親子の暖かい対立とゆうこちゃんの色気を交えながら、たとえば「ワサビはさめ皮のワサビおろしを使うのがきめが細かくていい。ワサビの細胞の中に含まれている成分が細胞を破って空気の酸素に触れると、中の酵素が働いてアリルザンフォイルという辛味と香気を放つ物質に変るからです」といったような分かりやすい美味の物理学です。料理をされる小林さん。お読みになったでしょうか。
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