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  • リトアニア史余談7:蜂蜜酒と蜂蜜紅茶/武田充司@クラス1955

     森と湖の国リトアニアは蜂蜜の国でもある。世界に唯一残ったバルト族の独立国家リトアニアの伝統的な酒は蜂蜜酒である。

    アルコール濃度は、高いものでは50%を越え、75%のものもあるが、30%から40%のものが多い。値段もアルコール濃度とともに高くなる。リトアニア人は紅茶に蜂蜜を入れて飲む。砂糖代わりに蜂蜜を使い慣れてしまうと、紅茶好きにはたまらない香りと美味しさに魅せられ、やめられなくなってしまう。

     バルト族にとって養蜂は農業よりも古くから行われていた営みであり、蜂蜜(1)はバルト族にとって最も古くから愛されていた大切な食品であった。蜜蜂の巣は木の幹にあいた穴などにあるが、それを見つけた人がその蜜蜂の巣の所有者となるという不文律があった。そのため、巣の発見者はその木に斧で目印の刻みを入れて所有権を主張した。このように目印が刻まれた木にある蜜蜂の巣からは、その発見者以外、誰も蜂蜜を採取することができなかった。しかし、この目印をこっそり修正して蜜蜂の巣を横取りする犯罪もあった。そういう場合には、部族の裁判によって裁かれた。

     女王蜂が増えて分巣するとき、古い巣を出た蜜蜂の集団が他人の所有する木に新たな巣を造った場合、その巣の所有権は古い巣の所有者と折半される慣わしになっていた。したがって、自分の所有する木に、外部から女王蜂に率いられた新たな蜜蜂の集団が飛来して営巣すると、その木の所有者は、移住してきた蜜蜂の元の所有者を探し出し、その人と共同所有者となる必要があった。しかし、元の所有者はそれを要求するとか、当然の権利として主張するべきではなく、万事、新しい所有者の善意に任せていた。こうして、人々は蜜蜂を通して知り合い、友人になった。リトアニア語で「友人」という語は“biciulis”(ビチュリス)であるが、この語には「蜜蜂の共同所有者」という意味もある。

     蜜蜂の最大の敵は熊であった。そのため、蜜蜂の巣の周辺には熊よけの柵などが設けられていた。熊の落とし穴とか、巣に近づいた熊の頭上に丸太などが落下する「熊脅し」のようなものなど、様々な熊対策が工夫されていた。昔のバルト族も、蜜蜂の自然な活動を待つだけでなく、蜜蜂に営巣させる仕掛けも作っていた。現在でも、アウクシュタイティア国立公園(2)の中にあるストリペイキャイ(3)の養蜂園にゆくと、数メートルの長さに切った太い丸太に穴をあけた仕掛けなど、バルト族の古い養蜂技術を見ることができる。
     蜂蜜から酒をつくることも古くから行われていた。蜂蜜に水と香辛料を加えて煮る。煮たあとホップとイーストを加えて発酵させる。こうして作る蜂蜜酒は年が経って熟成したものほどよい。リトアニアにキリスト教が入ってからは、子供が洗礼をうけたときに仕込んだ蜂蜜酒を大切に保管し、熟成させ、その子の結婚式のときに封を切って振舞うという習慣が生まれた。
    〔蛇足〕
    $00A0(1)「蜂蜜」を表すリトアニア語は“medus”(メドゥス)であるが、かつて英国で飲用された蜂蜜酒は英語で“mead”と呼ばれていた。これらの語は、印欧語の源流に近いサンスクリットの「蜂蜜」という単語“madhu”に由来するといわれている。ヨーロッパ人といえば葡萄酒と思いがちだが、葡萄酒は地中海文明とラテン人に特徴的で、比較的寒冷な欧州大陸に葡萄が持ち込まれる前は、蜂蜜酒こそが古代人と深く結びついた飲み物であったらしい。
    (2)アウクシュタイティア(Aukstaitija)国立公園は首都ヴィルニュスの北北東約100kmにある森と湖の自然を堪能できる憩いの場所である。車でヴィルニュスから日帰りで行ける。
    (3)ストリペイキャイ(Stripeikiai)の養蜂園に行くと、バルト族の人々が昔から使っていた面白い形の養蜂用の丸太の巣が幾つも広い丘陵に点在し、それらを見てまわることができ、とても楽しい。また、小さな博物館もあり、様々な蜂蜜も売っている。季節によって、蜂蜜の種類もその数も違うが、蜂蜜のお土産を買うにはよい場所だ。なお、蜂蜜酒はヴィルニュス空港の免税品店で売っているから、帰るときに買うのがよいだろう。瓶のラベルに6角形の蜂の巣模様が入っているものは蜂蜜酒とすぐ分かるが、そうでないものもある。ただし、75%物のような特別な蜂蜜酒を手に入れたい人は、ヴルニュスの酒屋で探すほうがよい。ついでにもうひとつ、日本で買った蜂蜜を砂糖代わりに紅茶に入れると、紅茶が黒く濁ることがある。リトアニアでは経験したことのない現象だが・・・。(2012年7月 記)
    3 Comments »
    1. 沖縄の泡盛も年月と共にまろやかな味に熟成して古酒となります。娘が生まれると父親は泡盛を甕に仕込んでしっかり封をして、娘が嫁ぐ祝いの席でこの古酒を振るまう習わしがあります。酒蔵の棚に依頼人の名札が掛った甕が並んでいるのを見た事があります。自宅に置くと狙われて危険だからだそうです。

      コメント by 匿名 — 2012年8月16日 @ 21:37

    2. 前記のコメントは私が投稿しました。

      コメント by 小林 凱 — 2012年8月16日 @ 21:43

    3. 蜂の巣の所有を決める古代からの掟、おとぎ話を繙くように大変興味深く拝見しました。この頃は大資本が大きな森を買い占めている?昔のしきたりには人間の香り、情緒がありました。ミルン著の熊のプーさんも大の蜂蜜好き。しかしこれはリトアニアの蜂蜜ではありませんでしたが。

      コメント by サイトウ — 2012年8月17日 @ 11:36

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