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  • 「40年後ーサーツァナイナーの森でー」を観て/大橋康隆@クラス1955

     去る10月26日に、GooD FellowS 結成20周年記念公演「40年後―サーツァナイナーの森で─」を観劇した。

     最終日であったが、時代を超えて現在にも広く通じるテーマであり、人間の普遍的な本質を改めて思い知らされ、良い機会を与えられた。主人公のイル役は、高橋編集長のご子息、高橋広司さんであり、「長崎の鐘」以来のファンになっている。心の葛藤を抑えた演技は胸を打ち、億万長者になって帰郷した友人ゲンス役の強烈な性格が周囲に及ぼす異様な雰囲気や、村人達の俗人的な振る舞いと対照的であった。 3写真1 プログラム(40%).jpg
    プログラム

     重いテーマであるので、先ずは、ストーリーを辿ってみたい。フリードリッヒ・デュレンマットの「老貴婦人の帰郷」をもとに、登場人物や時代の設定は変えられている。昔は栄えていたが、現在は破産寸前の小さな村ギューレンに、億万長者になったユダヤ人のゲンスが、突然帰郷した。ある一つの条件を満たせば、村に多額の寄付をすると宣言。その条件とは「イルが死ぬこと」を想定していた。
     「私はあなた方の誠意を見たいのだ。正義の心を。村の運命はあなた方次第だ。」

     主人公のイル(58才)は妻マチルデ(56才)と食糧品店を経営し、知的障害の娘ラーラ(39才)と幸せに暮らしているドイツ人。40年前、イルとゲンスとマチルデは仲の良い友人だった。ある日、マチルデはイルとゲンスの2人と関係を結んだ。そのことを知ったゲンスの顧問弁護士のハウザーの父親(ドイツ人)がイルとマチルデの両親に伝え、ユダヤ人を快く思っていなかったイルとマチルデの両親と一緒にゲンスの家へ乗り込み、そこで口論となりゲンスの両親を殺害してしまった。この時、ゲンスの母親は身籠っており、お腹の子供だけは助けて欲しいと嘆願したが、聞き入れられなかった。ゲンスは殺害から免れ逃げて行った。イルはその場に居て、見ていて止めようとしなかった。
     これらの事実は、ゲンスが帰郷時に同伴していた顧問弁護士ハウザー(45才)の父親(その時は既に他界)の日記に正確に記録されていた。村人達はこの事実を知らずに40年が経過していた。
     村人達は次第に多額の寄付金を当てにして村の再生計画を進め、果てはツケでアルコールを飲み、ツケでイルの店の食料品を買うようになった。イルの悩みは深くなるばかりだ。知的障害のある娘ラーラの眼の色は、明らかにゲンスの娘である証拠である。イルはそのことを承知の上で、長年、大切に育ててきた。村人達は正義の証のため、ゲンス達の前で演劇を行う計画を進める。上演の前日、妻のマチルデは自殺を図る。その知らせを聞いたイルは自ら命を絶つ。その後、マチルデは一命を取り留めたことが判明する。ゲンスは初めてラーラに出会ったとき、自分の娘であることを知る。ゲンスは約束通り村に多額の寄付をするが、40年前にユダヤ人であるにもかかわらず、仲よく釣りを楽しんだ親友イルを追って、自らも命を絶った。
     イルは死をもって長年の贖罪を果たしたが、ゲンスは正義の証をどのように望んでいたのであろうか。見ていながら何もしない不作為の罪は、日本の社会に蔓延しているが、最終的に贖罪する例はあまり見かけない。不作為の罪は、時と場合により大惨事をもたらすが長年にわたる不作為は見過ごされて忘れ去られやすい。また、守られる筈の秘密も必ず噂千里となる。更に、金銭の持つ魔力は、徐々に人々の心を狂わせてくる。これら人間の弱さについて、この演劇により色々考えさせられた。現在の世界は大きな転換期にあるが、人間の本質は変わらないことを認識する必要があろう。

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