衛星放送へのIEEE Milestone贈呈について/沢辺栄一@クラス1955
記>級会消息 (2011年度, class1955, 消息)
去る11月18日に、NHKは世界で最初に衛星放送を行ったことに関し「First Direct Broadcast Satellite Service, 1984」として IEEE からIEEE Milestone を贈呈された。
2008年8月25日のこのブログで IEEE History Committeeの委員である大野栄一君からIEEE Milestone についての紹介があり、その意義とこれまで日本で受賞した例そのほかの説明があり、提言の要請があった。この時初めて IEEE Milestone のことを知り、これまで関係している技術で提案できるものがないかと振り返ってみた。その結果、衛星放送なら IEEE Milestone を戴ける可能性があるのではないかと考え、NHK技術の現トップからIEEE Milestone申請の作業を行うことの了承を得た。
そこで大野君にメールで概要を訊き、さらに2~3回直接会って尋ね、申請できる内容であるか詳しく検討してもらった。提案申請の書式を教えてもらい、書式の中にある質問項目に沿って、丁度放送衛星の技術開発史の纏めを進めていた知識を基に、文章を書いた。大野君に衛星放送の開始までの経緯を説明し、理解してもらい、多くのサジェッションと、文章の添削を数回してもらった。
2009年秋にIEEE Milestone の Coordinator であり、TV放送史の専門家である Dr. Magoun が来日し、NHK放送博物館を見学に来られることになり、大野君のサジェッションにより、時間を割いて頂き、衛星放送実現までの経緯を写真と図と簡単な文章を用いてプレゼンテイションを行った。幸いなことに彼がその後、我々の提案の Advocator になって、提案を御支援して下さった。また、アメリカで開かれるIEEE History Committeeではいつも大野委員に我々の提案を支援してもらった。当初のProposalのTitleはThe first satellite broadcasting to the public であったが、Dr. Magoun がThe first commercial satellite broadcasting の方が良いとの意見であった。しかし、日本ではコマーシャル放送というと民間放送のイメージが強いのでそのタイトルに変えることを躊躇して、そのままProposal を2009年12月にNHKから正式に提出した。その約6ヶ月後に Nomination の提出依頼が来て、文章を作成し、写真と収集した関連資料を添付して 2010年8月に提出した。その後、タイトルをThe direct satellite broadcast service にしてはという提案とCitation の文案に対する了解のメールが来て、それにNHKが同意し、今年3月の IEEE History Committee で衛星放送の IEEE Milestone の贈呈が承認された。それを受けて、4月に正式に IEEE Board of Directorの最終承認が得られた。
衛星放送を実用として実施するまでの経緯の概略は次の通りである。
1965年に当時のNHK会長前田義徳が放送衛星を打上げる構想を発表し、直ちにNHK内に放送衛星調査委員会が発足、調査を開始し、方向性を決め、翌年に技術研究所で放送衛星の研究開発が開始された。先ず衛星の勉強として、東大のλロケット、μロケットに搭載できるA型(10kg)、B型(40kg)2種類の小型衛星をそれぞれ試作し、環境試験も行い打上げを待った。残念なことに東大のロケットの失敗が続き、打上げることができなかった。
1968年に宇宙開発委員会が発足し、宇宙開発は全て国の計画の下に行われることになり、実用衛星やロケットは宇宙開発事業団(NASDA)が開発することになった。そこでNHKは莫大な資金を必要とする衛星のハードウエアの開発を中止し、衛星を如何に利用するかの研究に重点を移した。そこで先ず国際ラジオ放送衛星、アジア向け放送衛星、国内向け放送衛星のシステム検討を行うと共に、放送衛星に適した周波数の選択検討を行い、12GHzが当面、最も適しているとした。12GHz帯では降雨による減衰が予想されるので、その周波数に於ける降雨減衰量を長期にわたり測定し、12GHzでの減衰が予想より少なく衛星放送に使用して問題のないことを明らかにした。また、他の地上無線通信システムとの共用条件の検討、信号の干渉を少なくした周波数の有効利用、衛星軌道の位置の検討を行い、郵政省を通して世界無線通信主官庁会議に貢献した。NHKで作成した衛星放送のチャンネルプラン、軌道位置決定のコンピュータプログラムは世界無線通信主官庁会議で使用され、プラン作成に貢献した。
一方、有能なマイクロ波研究者により12GHzを受信する家庭用低価格・低雑音受信機が1972年に発明され、それまでは衛星出力1kW近く必要であったものが100W程度でよいことになり、当時の通常の通信衛星の規模で衛星放送ができるようになり、衛星放送実現の可能性が見えた。この結果を基にアメリカの通信衛星会社からの提案を求め、その提案をベースに、NHKは同年、当時の日本のロケットでは打ち上げ能力が足りないので、アメリカのロケットを用いて放送衛星を打上げてもらうよう国に対して提案を行った。これを受けて国は初めから実用ではリスクが多すぎるとして、先ず、実験用放送衛星をNASAに頼んで打上げてもらうとして、NASDAが実験用放送衛星の開発を担当し、東芝、GEグループと契約し、衛星を製作した。この衛星による実験の結果を踏まえ、NASDA、東芝、GEが実用放送衛星を製造し、NASDAが国産ロケットにより1984年1月に実用放送衛星を打上げた。初期チェックの後、同年5月に衛星放送を実用として世界で初めて開始した。
なお、実験用放送衛星の開発開始からBS-2による実用衛星放送開始までにNHKは延べにして約30名の技術者を衛星開発、追跡管制、衛星運用のためにNASDA、TSCJ(通信・放送衛星機構)に出向させた。
最後に、初めから贈呈決定まで色々と指導と支援を願った大野栄一君に心から感謝致します。また、御支援を頂いたIEEE 東京支部の申請当時の Chairである今井秀樹先生および IEEE の Dr. Magoun に心から御礼を申し上げます。
(注:NASDAは現在航空宇宙研究開発機構(JAXA)となっている。TSCJは現在通信情報研究機構に吸収されており、存在しない。)
2011年12月1日 記>級会消息
沢辺君から衛星放送の歴史と技術を教えてもらうことからスタートしたNHK衛星放送が、IEEE Milestone に認定され、沢辺君初め、開発にご尽力された方々のお喜びはいかばかりかとお察し致します。私自身も、この申請に関係したお陰で、NHKの衛星放送が、世界初の実用システムであったことを改めて認識することができました。当日は、日本で15件目の銘板贈呈式が行われ、3年前の7件からの倍増を喜んでいます。
全世界では110件以上に達し、これらの成果の生まれた場所を、世界中の人々が訪れ認識してもらおうとの意図で、昨年からIEEE Milestone Technical Tourが実施され始めた。来年は日本ということで、今その計画に没頭している所で、機会を改めてご紹介したいと思っています。
コメント by 大野栄一 — 2011年12月3日 @ 13:41
沢辺様 3周遅れ(3週遅れ)の気の抜けたコメントになり甚だ申し訳ありません。
今回の大野さんとの連携によりIEEE Milesoneを得たこと、心からの賛辞を送りたいと思います。そしてその基になったNHK及び関連された各位の卓越した技術に敬意を表したいと思います。
私は、現役引退後、技術者としての自分なりの総括として日本の技術の発達の歴史を調査していましたが、中でもレーダーの発達の経緯を調べている中で、八木アンテナ(現在は八木・宇田アンテナと呼ばれています。)が、1995年日本最初のMilestneIEEEに選ばれたことを知りました。そのときは、2000年頃で、日本では、まだ3テーマ(富士山レーダー、東海道新幹線)でした。その時感じたのは、この賞は、電気電子情報通信機器装置で、社会に卓越した貢献をしたものに与えられる最高位の章だなという印象を強く持ちました。(八木アンテナは、1926年に特許を取得し、2011年の今日まで民家の屋根の上にみられる素晴らしい発明だと思います。)このような賞を取れる技術が先ず必要ですが、早く取得するためには申請の手順を知って上手にすることも極めて重要と考えます。
その意味で、今回の受賞に尽力したお二人に深く敬意を表します。 新田
コメント by 新田義雄 — 2011年12月18日 @ 20:48
過大なお言葉に恐縮いたします。沢辺
コメント by 沢辺栄一 — 2011年12月21日 @ 09:45