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  • 鳥羽・伊勢吟行/井村英一@クラス1955

     5月15日(日)~16日(月) 俳句の仲間と鳥羽・伊勢へ行ってきた。


    名古屋からJRで昼過ぎ鳥羽駅に着いた。
        参宮線植田の中をのんびりと(英一) 
        青葉潮光り輝く志摩の海(英一)

     すぐ安楽島(アラシマ)の「華月」へ行き、昼食を食べた。海鮮蒸し料理の店で、店内の生簀から上げたばかりの活きた伊勢海老を卓上のヒノキのせいろで蒸し、頭と尾とを二つに折ってかぶりついた。その甘い味に堪能した。ごはんは笹粽の山菜おこわと凝っていた。
     昼食後、ミキモト真珠島へ行った。入ってすぐの所に山口誓子の句碑があった。
        真珠島白葉牡丹も真珠なり(誓子)

     若い女性の説明員が養殖真珠の出来るまでを説明してくれた。館外では、海女の実演が行はれ、白い磯着を纏った海女さん二人が、頭から潜り、次いで素足と薄物に包まれたお尻が水中に消えていく様子は、何となく色っぽかった。(写真1)
     かんぽの宿鳥羽に宿泊した。句会のあと、カラオケを楽しんだ。
    CIMG0463(60%).jpg

    (写真1)
    真珠島にて 海女の実演

      翌朝、タクシーで伊勢志摩スカイラインをドライブした。朝熊(アサマ)山(555m)の山頂展望台では360度の眺望を楽しんだ。伊勢志摩の全景が見渡せた。冬の晴れた日には富士山が望めるとのこと。6千本のつつじが植えられているとのことだが、時期はやや盛りを過ぎていた。ドライブの途中では、ところどころに山藤が見え、鶯の鳴声も聞こえた。
        一面の青葉若葉や朝熊山 (英一)

     山頂から少し下がった所に金剛證寺があった。ここは伊勢神宮の鬼門を守るお寺で「お伊勢参らば朝熊をかけよ朝熊かけねば片参り」と詠われた名刹である。桃山時代の本堂(国の重要文化財)の内には金箔が張り巡らされた内陣がある。今は訪れる人も少なく静寂な気配に包まれた境内であった。(写真2) CIMG0480(60%).jpg

    (写真2)$00A0$00A0 金剛證寺

     11時に伊勢神宮の内宮に着いた。まず五十鈴川に架けられた木造の宇治橋を渡って神苑に入った。20年毎の遷宮に先立ち、すでに架け替えられていて、木の香が匂っていた。五十鈴川にはシロサギなどの鳥が居た。五十鈴川のお手洗所で清流に手を浸し、身も心もリフレッシュした。平日というのに参拝する人が多い。若い女性が目立った。近年パワースポットとして人気が出ているらしい。長い参道を進み、御正殿に登った。唯一神名造の古代の様式を伝える茅葺の屋根で、千古の森に包まれ、二千年の時を超えた古代の佇まいに思わず襟を正した。
        薫風や五十鈴の川に手を洗う(英一)
        神苑に太古の杉の鼓動聞く(英一)

    CIMG0484(50%).jpg CIMG0444(50%).jpg CIMG0449(50%).jpg
    (写真3)
    五十鈴川

    (写真4)
    伊勢神宮(内宮)宇治橋

    $00A0(写真5)
    伊勢神宮(内宮)御正殿

            
     参拝後、おはらい町の老舗「すし久」で伊勢志摩の郷土料理「手こね寿し」を食べた。元来は漁師料理で、酢飯に鰹の刺身を乗せたもの。ついで赤福本店に行き、五十鈴川に面するお庭で、山口誓子の句碑を見た。
        巣燕も覚めゐて四時に竈焚く(誓子)
     またおかげ横丁の山口誓子館で、洒脱な字で書かれた色紙などを見た。
     JR伊勢市駅から帰路についた。

    1件のコメント »
    1.  私は1984年~1987年にかけて名古屋で単身赴任勤務しましたが、その時毎年正月には伊勢神宮を参拝しました。真珠島にも行きました。しかし、俳句には無関心だった私には山口誓子の句碑など全く知るすべもありませんでした。
       貴兄作の俳句が紀行文と写真と並べて書かれていると、情景や感情がよりよく判るような気がしました。
       伊勢神宮の写真は懐かしく拝見しました。有難うございました。

      コメント by 高橋 郁雄 — 2011年7月22日 @ 07:30

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