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  • 近頃思うこと(その21)/沢辺栄一@クラス1955

     1990年代初期のバブル経済の崩壊後、少し立ち直ったと思ったらITバブル、それが回復したらサブプライムローン問題に端を発した、リーマンショックで落ち込み、また、やや回復状況に入った所で今度の東日本大災害の発生で日本経済は大きく停滞した。バブル発生以来20年経過しても元の状態に戻っていない。


     企業の寿命は一般的には30年といわれている。しかし、その一方でこのような厳しい経済状況の中でも、日本のいわゆる老舗といわれる企業には著しく長寿命の企業があるそうである。大阪市天王寺区にある「金剛組」は敏達天皇6年(西暦578年)に創業し、四天王寺を建築し、今日まで1,430年以上も続いている。帝国データバンクによると1,000年以上続く老舗が7社、500年以上が39社、300年以上が605社あるそうで、200年以上は3,000社、世界に7,000社あるといわれる200年企業の内、半数近くが日本にある。100年以上の企業はなんと10万社以上にのぼるという。
     なぜ老舗が多く存続しているのか。その理由として①他の国では国内戦争でも誰でもかまわず、戦場近くの住民を含めて全てを無差別に殺したのと異なり、日本では外国からの侵略が無く、国内の戦でも非戦闘員を殺さない武士道があった。②諸外国では世襲制度を重要視していないのに対し、日本では家制度が重んぜられ、先祖からの家を存続することに重点を置いた。特に病弱な子供、まともでない子供がいる場合、他家から優秀な人間を養子として受け入れる柔軟な発想があった。③必要な人材を自前で育成するとともに、今日の「企業理念」に相当する「家訓」を定めてその教えを継承させた。④日本人はものづくりを尊び、他国では下賤の人の仕事と蔑んだのに対し、職人を尊重し敬って職人文化を大切にした。等が考えられる。
     山本七平氏は「勤勉の哲学」で日本人の勤労の基盤になった考え方(思想)に大きく影響を与えたのが鈴木正三(しょうさん)と石田梅岩であると記している。正三は三河の武士で関が原、大阪の陣で戦功を上げたが、後に禅僧になった。士農工商それぞれの職、事業全ての行いは仏行である。すなわち、毎日自分に与えられたそれぞれの仕事に、精一杯打ち込んで働いていけば、それが人間として完成していくことになるとし、世俗の日常的な仕事と禅の修業と結び付けた。物を流通するだけで利を得る商は武士から蔑まれたが、正三は利潤を追求するのではなく、誠意を持って仕事をした結果として得られた余剰の利は得てよいとし、ある種の職業倫理を説いた。
     梅岩は正三から100年ほど後に農家に生まれ、子供の時に商家に奉公に出、一時帰郷したが、また、京都の呉服屋に奉公し、丁稚、手代、番頭となり、学者としての正規の教育は受けていない。その学問は自学自習と商家の実務経験を基としている。梅岩の学問は心を尽くし、人間の本来の性質を知ることであるとし、心が自然と一体となり秩序を形成する人間本来の心の理論の学としている。後に門弟達により彼の教えを「心学」といった。商人が利益を得るのは武士が禄を貰うのと同じと述べて、商行為の正当性を説いた。梅岩が死の少し前に「斉家論」を残しているが、ここで言う「家」は現在の各自の家の概念と違い商家であり、企業体、組織を指しており、組織の秩序の基礎を論じ、その基礎を倹約に置いた。当時、豊かであった商家が浪費のために破算する例が少なくなかったため、倹約を説き、商家の安定を教えたのである。現在は無視されているが日本ではつい最近まで倹約は美徳とされてきた。梅岩の中心的思想は「倹約」と「正直」であり、「物事の無駄を省く努力をすれば、余裕が生まれる」と訴え、限られた最少の費用や時間で最大の効果をあげる商行為の原則を示したものである。また、「正しい商売をするには、先ず正しい心を持たねばならない」と延べ、仕事を通して正直な心を修養すれば、自ずからお客の信頼を勝ち取る事ができるとした。「消費」を「正直」に到達する手段とし、その手段として行う消費の方法を倹約と言った。最近企業の不祥事が続く中、企業の社会的責任(CSR)が欧米を中心に言われるようになったが、梅岩は「実の商人は先も立ち、我も立つことを思うなり」といってCSRの精神を表現し、近江商人の「三方よし」と共に日本のCSRの原点と見なされている。梅岩の高弟は皆教育者として、京都、大阪、江戸その他で、それぞれ塾を開き、門人には町人ばかりでなく、武士、女性もおり、非常に多くの人に教えが広められた。
     日本最古の家訓は子孫を戒めるための教訓として8世紀の吉備真備が表わした「私教類聚」であると言われている。近江商人の家訓、三井家の家訓、住友家の家訓など色々あるが、一例として1590年創業で420年続いている日本橋で団扇、扇子の商売を続けている老舗「伊場仙」の家訓を記してみる。
    1.贅沢をするな。1.なるべく借り入れをせず、預金は潤沢にせよ。1.投機をするな。1.「二」と付くものに手を出すな。1.店と住居は分けろ。1.地域に貢献しろ。1.子孫に美田を残すな。
     それぞれの老舗において、先代から受け継いだ当主は先祖からの業務と同じことをただ行っているのではなく、家訓に則り、それぞれの工夫と創意でその時代の経済環境にマッチした事業を行っているところに特徴がある。
     最近、ドラッカーの経営理論を漫画にした本が出て、ブームを起こしているが、老舗の存続は日本本来の企業経営の良さを示しているのではないだろうか。また、欧米のグローバル化で利潤追求一辺倒の世の中になったが、梅岩のいう経済倫理は日本の老舗の考え方の基になり、長寿命企業としてその素晴らしさを示している。明治維新以後、全てが欧米に顔を向け、思想家、哲学者はカント、ヘーゲルやケインズなどの名前が挙がるが、それらの思想は我々一般人の思想には殆ど影響を与えていない。山本七平氏によれば今日の日本の大部分の人の考え方の基になっているのは我々が明確にそれとは気付かないが、正三、梅岩の思想であるとのことである。この二人は天才であり、大思想家であるが、日本では欧米を向く者ばかりであり、輸入の思想を権威として振りかざす無思想が思想と誤認される伝統のある国では、二人の創造的思想は徳川時代に町人思想が軽蔑されたように、今のいわゆる思想家からも軽蔑される思想であろうと嘆いている。
     日本には長寿命老舗があることを知り、正三梅岩にたどり着いた。高校の日本歴史ではその名を習わなかったが、世界的にも評価できる素晴らしい思想家がいたことに日本民族の誇らしさを改めて感じる昨今である。

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