近頃思うこと(その14)/沢辺栄一@クラス1955
記>級会消息 (2010年度, class1955, 消息)
NHKのTV放送番組「プロフェッショナル」が昨年度末で終了してしまったことは残念である。
各種の職人の世界から高度な医療界や科学技術の世界までの各界のプロフェッショナルが実施している方法、また、その基になっている考え方を学ぶことができて大変良い番組であった。各分野で普通に活躍している者はプロであり、日本にはプロが多数いるのが大変頼もしいことである。
最近の世の中の動きのニュース、報道などから判断して、殆どが素人で、プロが殆どいないのではないかと思われる世界がある。それは日本の政治の世界である。サラリーマンまで含めて、どの世界でも少なくとも10年の勉強、訓練、努力と創造の上にプロとして成長していく。ところが、政治の世界では選挙されれば憲法も読んだことのない人気タレントや有名なスポーツ選手(選んだ選挙民が問題だが)がこれまで全く経験のない政治を政治の専門家然として行動する。上司に当る先輩から政治の理念、哲学を勉強するのでもなく、次の選挙に如何に勝つかのみを勉強し、選挙のプロとなっていく。すなわち政治家でなく政治選挙屋として育っていく。したがって、「命を掛けてやる」と言ってできなくとも、昔の武士のようには切腹も、辞任もしない恥を知らない人間達である。このところ、世襲首相が5~6代続いているが、日本の伝統演劇や古典芸能、古典武術また茶道、生花などの家元制度など世襲で伝えられている文化の分野では、幼少の時から、勉強と訓練、切磋琢磨と努力によって芸、技術を受け継いでいる。政治の世界での世襲は当人の努力は殆どなく、親から政治に対する特別な訓練、指導を受けることなく、金持ちとして甘やかされて成長し、単なる一般的な教育だけで親の地盤、看板を引継ぎ、政治家として通用してしまうように思うのは私だけであろうか。
普天間の問題を見ても鳩山首相と民主党の行為が如何に素人政治家達の行っている行為であることを痛感する。私のような素人でも移設先を新しくすれば、新しく選ばれた候補地の住民は必ず反対するということは直ぐ分かることであり、これまで努力して10数年かけて不満のある中で、一応決着したのであるから、これをご破算にして新たに決めるとすれば、関係者が納得して治まるには、アメリカとの関係もあるので、また10年は掛かるのではないかと感じるのが普通のセンスではないかと思う。当然行っていなくてはならない普天間の問題の経緯を勉強していなかったり、日米安全保障条約を全く読んでいないようであったり、また、国際関係で決められたことは憲法より優先することを知らないようであることが鳩山首相の発言から推察できる。口先だけで格好良さを示そうとし、世界に日本の信用を落とした愚行為である。また、一般的に金持ちの世襲政治家はこれまでお坊ちゃまとして甘やかされて自分の言ったことは必ず周りが実現してくれた環境から、自分が言えば何でも実現できるようになると思っているきらいがあり、段取りや計画性が全く見受けられない。現在は元の案に近い辺野古浅瀬案で纏まりそうな気配があるが、約8ヶ月間のエネルギーと税金の無駄、国の信用失墜及び沖縄の人々のことを考えると何であったのであろうか。
子供手当てについても、新聞に日本在住の外国人が自分の出身国に置いてきた子供の子供手当てを申請しに来ていると報じていた。アラブ諸国では一夫多妻性なので子供の数が非常に多いとのことである。また、日本に子供を置いたままで外国に住んでいる日本人の日本にいる子供には子供手当てが支給されないとのことである。色々な政党の議員が検討したであろうに、「日本にいる子供に」という条件を入れ忘れた手抜かりがあり、財政の非常に厳しい中で、出さなくても良い外国人と外国に住む外国の子供にも支給するということは如何いうことであろうか。また、リーマン破綻の後の景気回復も日本が最も遅いと言われているのも、金融に対して政治家の中に専門家がいないと某識者が言っているし、担当者が専門家でないのではないかとも思う。
政治主導を掲げ、素人の政治家が専門の官僚の知恵を借りないで思いつくことをやっているとしか思えない。問題は多くあったが、自民党政権時代は政治家は素人でもプロの官僚に任せていたのが曲がりなりにも運営できていたのであろうかとも思われる。素人に政治を任して、このような状態を甘受しなければならない我々日本の国民は不幸である。
以前のこのブログでも述べたが、民主主義の欠陥、特に日本の政治家、首相を選定するプロセス、システムがおかしい気がしてならない。亡くなられた江藤淳氏が以前に鳩山氏のことを評して、定見のない頼りにならない駄目な人間だと言ったということをどこかで読んだが、親の金をばら撒いて首相になったのではないかと勘繰ってしまいたくなるほどである。今受けた質問をうまく切り抜けるために、場当たり的に答えることのみに終始し、過去に言ったこととの整合性を、また、自分の今言っていることが今後、如何に影響を与えるかを考えないで答える口先だけの人間としか見えない。あるグループの中で一緒に行動を共にすれば、各人の性格、資質は直ぐに分かり、リーダーにすることに相応しいかどうかは直ぐに分かることである。自民党が再建されないのも同じである。日本の政党では派閥、金、順番等でことが決まり、また、自分の立場を良くするためからのみの判断で行われ、真の政治家としての資質でリーダーを選ぶことに目をつぶっているように思われる。
松下政経塾で学んだ政治家もいるが、自分と自分の党のためでなく、日本の国益と国民のための真のプロとしての政治家の育成、適任者が選ばれる政治システムの改革、改善はどうしたらできるのかを思うこの頃である。
2010年5月16日 記>級会消息