がんの話(その2)/大曲恒雄@クラス1955
記>級会消息 (2009年度, class1955, 消息)
前回に続き、学士会会報最新刊に載っている中川恵一氏の記事「がんのひみつ」(資料1)と、同記事に紹介されている(資料2 写真)の内容の要点をメモ風にまとめて紹介する。
(資料1)学士会会報 No.880 2010-Ⅰ
(資料2)中川恵一「がんのひみつ」朝日出版社
(5)がん治療の進化
・がん治療はそれ程進んでいない。
・アメリカではGDPの17%を医療にかけているが
日本はたった8%、先進7カ国の中で最低。しかし、そのアメリカでもがん戦争に負けているというデータがある。心臓病は過去52年間に死亡率が1/3近くまで減少したが、がんはあまり変化していない。
・日本でのデータは少ないが、肺がんの死亡率と罹患率のデータ(大阪府)によると過去40年間に治療法が進歩したとは言い難い。
(6)がんの欧米化
・がんには殆ど治るがんもあれば殆ど治らないがんもある。膵臓がんは殆ど治らないが、甲状腺がんの5年生存率は95%以上。
・昭和35年頃は男性がん死亡原因の6割近くが胃がんだった。
・胃がんの原因はピロリ菌で、日本人の約半数(60才以上では8割以上)が感染している。これはまだ冷蔵庫がなく、井戸水を飲んでいた時代に菌が胃に棲み着いてしまい、慢性の炎症を起こすことで胃がんになるから。
(今ではピロリ菌に感染しているかどうかは血液検査で直ぐ分かり、もし感染していれば1週間くらい薬を飲むことで除菌できる)
・アメリカ男性の年齢別死亡率を見ると、胃がんは今や白血病より珍しいがんになっているが1930年代には圧倒的にトップだった。冷蔵庫が日本より30~40年先立って普及したために急速に減ったわけ。日本も同様の傾向にある。
・子宮頸がんも減っている。逆に増えているものは男性では前立腺がん、女性は乳がん。
・このような傾向の要因として肉食の影響が非常に強いと考えられる。性ホルモンはコレステロールを材料に体内で合成されるが、性ホルモンの値が高くなると前立腺がんや乳がんが増える。食生活の欧米化に伴ってがんまで欧米化が進んでいる。
(7)がん治療の方法
・科学的に有効性が証明されている治療法は手術、放射線、抗がん剤の
3種類。
・胃がんや肺がんなどの固形がんについては基本的に手術か放射線治療の何れかが必要。
・手術と放線線治療がメインプレーヤー的立場であるが、日本では圧倒的に手術に人気がある。これは先進国の中で非常に珍しい現象。
・日本人が手術を好む理由:戦後、がん=胃がんという時代があったが胃がんの治療は手術が中心となる。放射線や抗がん剤でも治療できるが、胃は開腹すると最初に出てきてしかも全摘可能なので手術に適した臓器と言える。そして日本人のがんの代表であったために自然な流れでがん治療=手術になった。
・がんの殆どが胃がんだった時代は手術でも良いが、そうでなくなってきているのに一度できた図式が変わらないまま全てのがんを胃がん中心に見てしまうのは非常に問題。
・がんの治療即手術ということになればその担当は外科医で、本来専門でない領域まで担当している。
・欧米では、がんの疑いがあるとまず内科に行き、抗がん剤専門の内科医である腫瘍内科医に診断してもらう。
・アメリカには1万人以上の腫瘍内科医がいる。台湾や韓国も同様。
・日本では抗がん剤も恐らく9割以上が外科医の担当で、東大病院にも腫瘍内科医はいない。日本の抗がん剤治療のレベルは先進国の中で最低と言わざるを得ない。
・アメリカでは3人に2人、先進国では6割以上が受けている放射線治療は日本では25%。それでもこの10年で倍増した。今後10年でまた倍増すると思われる。となると、10年後は日本人の4人に1人(*)が放射線治療を受ける時代になるが、それを支える専門医が600人しかいないため治療待ちの間に亡くなってしまう患者が増えてしまうという問題が出てくる。
(*)日本人の2人に1人ががんになる。そのうちの半分に相当。
(8)放射線治療
・基本的に放射線治療は外来通院での治療で、平日毎日1回1分間、1ヶ月くらいの期間行う。
・放射線でがん細胞を「焼く」と例えられるが、放射線を当てても1/2,000度しか温度は上がらず、勿論痛みも感じない。
・治癒率を手術と比較すると、例えば喉頭がんではほぼ同じ。しかし、喉の手術では声帯を取るので声を失うが、放射線治療では1ヶ月余り通院するだけでがんが米粒大に小さくなり、更に2週間もすれば消滅する。
・放射線治療の原理は、がん細胞に放射線をかけることで正常細胞からの距離を拡げ、異物性を高めて免疫細胞による識別を容易にすること。
・他の多くのがんでも治癒率は手術と同じ。入院の必要がないので費用も安い。しかし、日本では国民が放射線治療という選択肢があることを知らない。
(9)がんの痛み
・がんで亡くなる方の7割くらいが激痛に苦しんでいる。
・がんの痛みは激しいのでこれをとるにはモルヒネのような医療用の麻薬を定期的に服用する必要がある。しかし、日本は医療用麻薬使用量が先進7カ国の中で段違いに少ない。アメリカと比べて1/20。つまり、痛みをとる手段があるのにとっていないということ。
・これは先入観として麻薬を体内に入れたら命が縮んでしまうと考えている人が多いから。
・「中毒になる」、「効かなくなる」、「意識がなくなる」、「最期の手段」と考えてしまうことも理解できるがすべて誤解で、逆に痛みをとった方が長生きする。痛みがとれたら寝ることも食べることもできるから。
付け足し
「週刊東洋経済」の2010/1/23号に「ここまで治る!先端医療」というタイトルの特集記事が出ている。がん、心臓・脳、難病・検査、制度・費用の4分野が取り上げられているが、がんについては粒子線治療、ロボット手術、新規がん治療薬、がんワクチンを重点にかなり詳細な解説がなされている。
2010年2月1日 記>級会消息