• 最近の記事

  • Multi-Language

  • 藤村と土井晩翠/武田充司@クラス1955

     島崎藤村と土井晩翠は、明治30年代初頭の詩人の双璧と言われていたそうですが、僕が高校時代に親しんだのは、藤村の新体詩の方で、晩翠は「荒城の月」の作詞者だという程度の知識しかなく、彼の詩など殆ど知りませんでした。

    なんと言っても、藤村の「若菜集」にはじまり、「一葉集」、「なつくさ」、「落梅集」と続く4詩集の魅力は十代後半の僕にとっては凄いもので、それに対して、帝大出身の英文学者で「大学派」詩人の晩翠の詩は、正直言って、ぴんと来なかったし、そもそも難解だったようです。
     ところが、数年前、本屋で偶然、松浦友久の「詩歌三国志」(1998年:新潮選書)という本に出会って、僕の考えがちょっと変わりました。この本は、晩翠の長編詩「星落秋風五丈原」という、たったひとつの詩を解説し、鑑賞するために書かれたものです。本の題名からもわかるように、晩翠のこの詩は、「三国志」の英雄「諸葛亮」の生涯を詠ったものですが、その中の多くのフレーズが、中国古典に出てくる美しい表現を踏まえて綴られている、一種の本歌取りのような形になっているので、中国文学や歴史の知識が希薄な、僕みたいな無教養人種には、解説付きでなければ理解できない代物でした。
     もし、この本が50年あるいは60年前に出ていて、僕が読んだとしたらどう思ったかと自問自答したのです。結局のところ、歴史的逸話に依拠した衒学趣味の難解な長編詩だと決めつけて投げ出しただろうな、というのが結論でした。しかし、今ではそうは思わないというのが正直な気持ちです。欧米の著名人の名スピーチなどでは、聖書のフレーズが下敷きになっていることが多いので、聖書やキリスト教文化に対する教養がないと深い理解ができないとはよく言われていますが、戦後日本の教養人は、こういう方面では強くなった反面、明治維新の欧化政策以前の千数百年に及ぶ文学的伝統には弱くなり、それに比例して、晩翠の「星落秋風五丈原」のような詩の理解者も少なくなったのでしょう。まあ、乱暴な言い方をすれば、晩翠のこの長編詩は、前田青邨の歴史画みたいなもので、歴史と古典文学の教養がなければ、ちっとも面白くない代物です。
     晩翠によって、ここに詠い上げられている浪漫精神は、藤村のそれとは全く異質なものですが、そこには、戦後の我々世代が失ってしまった何かがある、と感じました。こういうものが失われてしまったことによって、日本語の詩歌の可能性がずっと狭められてしまったのではないかとさえ思いました。勿論、その代わりに、そうしたノスタルジアを抱く旧世代にはなかった新たな試みや、ジャンルが切り開かれているのですから、一方的に、現状を嘆くのは不当なのでしょうが・・・。
     蛇足:「星落秋風五丈原」は、晩翠の詩集「天地有情」(明治32年刊)に入っていますが、この詩集の最後にあるのが「荒城の月」で、冒頭の詩は「万里長城の歌」という、これまた長い詩です。「広瀬川」や「青葉城」という詩もこの詩集に入っています。

    2 Comments »
    1. 晩翠には「荒城の月」ぐらいの知識しかない小生ですが、同感しながら読ませていただきました。最近昔読んだ古典、特に海外の古典を読みなおしていると昔とは全く違った印象を持ちます。それは貴兄が言われているように文章の背景となっている歴史と地理的な環境それに人の心の動き、つまり人生を理解していたか否かが大きな原因なのでしょう。昔読んだゲーテやドフトエフスキーなどドイツ、ロシアの土地を知らない身でのことでは無理もないこととうなずけます。これから日本の古典も読み直して見ましょう。でも中国はあまり知らないのでそれを勉強してからでないとつまらないかな。

      コメント by サイトウ — 2010年1月18日 @ 09:43

    2. 高校生時代に、藤村の小説や詩について教わった覚えがありますが、土井晩翠については「荒城の月」の記憶程度です。しかし土井晩翠が長編詩「星落秋風五丈原」の作者であることを知り、古い記憶が蘇ってきました。小学生の頃、中国の昔の戦争絵本(多分三国志)を見て面白いと熱心に読みました。また、高校の歴史の先生が、「現在の君達には諸葛亮孔明の偉大さは分からないだろう。」と言われたのを覚えています。その後会社勤めとなり、吉川英治の三国志を海外出張時に、機内や空港の待ち時間に読んで、初めて歴史の先生の言葉の意味が判りました。三国志には多くの多彩な登場人物がいますが、孔明は別格です。特に「死せる孔明、生ける弘達を走らす」という言葉で有名な五丈原の戦いは、涙なくして読めませんでした。

      コメント by 大橋康隆 — 2010年1月18日 @ 22:30

    Leave a comment

    コメント投稿後は、管理者の承認まで少しお待ち下さい。また、コメント内容によっては掲載を行わない場合もあります。