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  • 幻の放送システム/沢辺栄一@クラス1955

    多様化に対応する多番組放送の静止画放送システム
     10月になると今から45年前の10月10日、東京オリンピック入場式のカラーTVを思い出す。


    このオリンピックではアメリカの技術に依存しないNHK独自で開発された放送機器が各種使用され、以後、オリンピックごとに新しい放送機器が出現した。 
     東京オリンピックで一応カラーTVの技術が確立したので、NHK技術研究所は将来の受信料収入の頭打ちを心配し、更なる受信料を戴ける新しい放送システムの探索を開始した。当時、技術研究所に新たに研究企画班が設けられ、その中で「放送事業拡張の研究」が開始された。その一環として伝送路、メディア、信号形態等などを網羅的に検討し、当時考えられる新しい放送システムを考案し、その基本形態技術システムの調査検討を行い、100種以上の新しい放送システムを提案した。
     
     技術研究所はこれらをベースとして将来の視聴者のニーヅに対応する高品質のTVと多様化に対応する放送及び放送路である放送衛星を新放送システムの目標として研究開発の3本柱とした。現在、これらのうち高品質放送(ハイビジョン)と衛星放送は実用されているが、多様化に対応する放送はその亜流であるデータ放送や文字多重放送として実用はされたが、NHK技術研究所が多様化対応の放送の中で主要な研究開発の一つとして力を注いだ多番組を放送できる静止画放送システムは今日まで実用されなかった幻の放送システムである。
     ハイビジョンはシステムエレメントのブレイクスルーは必要であったが、システム的に見ると本質的には従来のTVの延長線上の走査線数を多くしただけのものであり、また、放送衛星についても地上の放送衛星受信機の雑音を著しく少なくした発明や衛星搭載中継器の高送信電力を必要としたが、本質的には通信衛星の利用である。しかし、静止画放送システムは一種のTV放送システムではあるが、NHKが欧米に頼らず全く独自に考案した放送システムである。
     
     放送は受信者の負担をできるだけ少なくするため送重受軽の考え方で構成された通信システムであるが、この静止画放送システムは受信者に少しの負担をして頂くことによって、TVと同じ帯域幅で50乃至100番組を放送し、自分の求める番組を選んで頂く放送である。
     TVは1秒間に30(フレーム)枚の映像を、また、映画は1秒間に24駒の映像を表示する。これは動く物体が滑らかに自然に動いているように見えさせるためにしている事で、動かない部分は2枚または2駒以上は無駄に送っているようなものである。もし、写真とか、絵画、イラスト、文書など動かない映像、画像だけで構成されている番組であれば、1フレームごとに別の画像を送り、受信側で1フレームの画像を記録し、それを繰り返し再生すれば、TVとして画像を見ることができる。普通TV映像を見易くするために、たとえ動かない物体を撮像する場合でも5秒乃至10秒程度映像を切り替えない場合が多い。従ってもし静止画だけを送る場合は5秒間隔で画像を切り替える場合は150枚、10秒間隔で切り替える場合は300枚の異なった画像を送る事ができるので、それぞれの画像に1番組を割当てると、150~300番組の静止画TVを同時に放送できる。
     これが静止画放送の基本であるが、説明のための音声やバックグランドミュージックや制御信号なども付加するので番組数はそれより少なくなり、当初は150番組のシステムを開発したが、最終的には50番組の静止画放送システムを完成した。受信機側で負担するフレームメモリについては最初はひと回り1フレームのディスクを用いたが、最後には半導体メモリの進歩もありRAMを用いたが、小さい机の引き出し程度の大きさのフレームメモリとなった。
     実験用中型放送衛星を使用して伝送実験を行い、また、文化研究所のプロジューサー出身の研究者の協力を得て教養番組、歴史番組、料理番組、理科番組など短い試作番組数十番組を制作して番組実験も行い、放送システムとして実用できる事を確認した。例えば、これを学校放送に使用すれば小学校から中学校までの主要教科を同時に放送でき、非常に有効に利用できたと考えられた。しかし、余りにも多い番組の番組制作の問題、新しい周波数資源の獲得の問題などから実用に至らなかった。
     
     現在はディジタル放送の時代であるが、そのディジタル放送システムが受信機に何らの負担も無く当然のこととして信号処理上備えているフレームメモリを利用して静止画放送ができるようにハイブリッドな放送システムにすることもできたのにと残念に思っている。  
    NHK独自の発想で、時間軸上の有効利用によって50番組もの放送が同時にできる放送システムがハイビジョンや衛星放送と同様に約30年前から数年間芽生えていて、その後、幻のように消えてしまったと言う事を知って頂きたいために筆を取った次第である。
                                     2009.9.3

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