壁のスイッチの向こう側/太田宏次@クラス1955
記>級会消息 (2008年度, class1955, 消息)
大学の電気工学科を卒業した私は中部電力に入社した。公益事業に携わり、より直截に社会と結び付く仕事に就きたかったからである。
一年間の研修期間を終えて本配属となったのは、中央給電指令所という職場であった。
ここで私は、大学では思いもよらぬような各種の技術的な事柄を経験し、また学んだ。
電力需要は厳密にいえば、いつどこで、どれほどの量が発生するのか、電力会社にはわからない。例えば、Aさんがいつクーラーのスイッチを入れるのか、Bさんがいつ電燈のスイッチを入れるのかわからないのである。AさんやBさんからその都度電力会社に、「今からこのスイッチを入れますよ」という連絡は来ないからである。しかし、AさんやBさんが無断でスイッチを入れてもクーラーは動くし、電燈も灯る。電力会社はその偶発的な需要に対して電力供給を全うしなければならないのである。それが当たり前であり、誰も不思議には思わない。さらに需要家はAさんやBさんばかりではない。多数のお客さまが夕方暗くなれば電燈のスイッチを入れるし、夏場熱くなればクーラーのスイッチを入れる。当然電燈はつくし、クーラーは動く。いったいどういう仕組みになっているのであろうか。
話は簡単である。電気の周波数を監視し、これを規定値に保つように発電量を調整するのである。
周波数の規定値は中部電力から西の方の電力会社では60ヘルツ、東京電力から東の方のそれは50ヘルツとなっている。
発電力が需要を上回る時は周波数は規定値を上回り、不足する時は下回るので、周波数を規定値に合致するように発電力を調整すればその発電力は需要にも合致することになる。
発電量の調整とは発電機の出力を調整することである。発電機には、水力、火力、原子力など色々あり、山の中(水力)から海岸沿い(火力や原子力)まで地域的に広範囲に立地し、それらは送電線で需要家まで繋がれて電気は送られる。これら多くの発電機を野放図に運転すると、とても調整など出来るものではない。そこでどこか1か所で全体を監視し、発電力をコントロールする部署が必要となる。それが中央給電指令所なのである。指令という厳めしい言葉が名前につくのは、すでに述べたとおり広範に分布する多数の発電所をコントロールするには規律正しい、一元的な指令が必要だということである。
逆にいえば、壁のスイッチの向こう側は、はるかかなたの、たくさんの発電機まで繋がっていてそこで起こされる電気が需要に供給されるのである。
ところで発電力の調整にあたってはその出力量ばかりでなく、発電の経済性も考慮される。使用燃料や、発電機の効率性などもチェックしてどの発電機を使えばもっとも経済的か、またその発電力が流れていく送電線に隘路はないかなどが瞬時、瞬時にチェックされた上で、発電指令が発せられる。中央給電指令所の最も重要な業務の一つは、このような管下全発電所出力の調整ということになる。
私の中給時代の指令員は四六時中交替で、当直勤務についていた。彼等は指令台に陣どりメーターを監視しながら、電話交換手さながら送受話器を頭にかけて、発電所に随時指令を出していた。その後この業務は発電所間の経済的発電分担(経済負荷配分という)も含めてアナログコンピューターで自動化されるようになり、さらに現在は給電指令専用の大型コンピューターで自動的に行われている。これらは給電技術の進歩もさることながら、コンピューター制御技術や信号伝送技術の進歩発展の御蔭である。
それにしても各自動化ステップの進行にあたっては、マンパワーで調整してきた往時の経験や技術が問題解決に多くのヒントを提供し、また業務の推進に自信を与えてくれたことはいうまでもない。温故知新というところか。
ちなみに現在の電力周波数の調整精度は四六時中60.0土0.1ヘルツという高度なものであり、こうした高品質の電力によって駆動される製造装置によって作られた日本の工業製品の品質は世界でも群を抜いていて、日本経済の発展に大きく寄与していると言える。(11月23日記)
2008年12月8日 記>級会消息
太田君の記事によって電力供給ネットワークの制御の概要とその重要性を理解出来て大いに参考になりました。
最近では電波時計で少し前では水晶時計によってかなり正確な時刻を知る事ができるようになりましたが、それ以前ではラジオの時報によって時刻を合わせるものそして電気時計と言って電源周波数に同期した物などがありました。特に後者の場合は電源周波数の変動の瞬時値より長時間平均値がゼロに近くないと誤差が大きくなって使えなくなってしまうと思います。例えば一日に1秒の変動に抑える為には10のマイナス5乗程度の周波数確度が要求されるでしょうから、これを給電指令でコントロールするのは容易な事ではないと思います。瞬時的には0.1ヘルツの変動の許容範囲のもとでこれを達成するのは何か秘訣(?)でもあるのでしょうか?ご教示頂ければ嬉しいです。
コメント by 林 義昭 — 2008年12月15日 @ 23:33
僕が尊敬するその道の大家、太田君による平易な解説に感謝なのですが、こんな常識的なことも案外理解されていないという世の中の現実も、痛感されます。
話は少し外れますが、長年、原子力屋をやっていて、多くの反原発の人たちの言い分を聞いてきました。議論の最後には、返す刀で、必ず、太陽光発電や風力発電をやればよいということになるのですが(僕も、こうした電源を、日本でも、もっと活用すべきだと思っていますが)、こうした再生可能電源と、原子力を含む在来型大型電源の、電源としての本質的な相違には、殆ど無頓着な議論が多いので困ります。
お客の顔を見たら、直ちに、過不足なく、どんなお客の注文にも応えることの出来るタイプの電源と、お客の来店状況には全く関係なく、自分の好きな時だけ料理を作って、肝心な時には寝ているような料理人タイプの電源があるということを、理解してもらうことも大切です。
この新人類タイプの電源も、あちこちに沢山建設すれば、平均化されて、何時でもお客の注文に対応できるでしょうとか、作った料理を冷凍保存でもして、必要な時に解凍して出せばよいでしょう、などと、簡単に言われてしまうのですが、これがそんなに簡単なことではないのですから、困るります。
ついでながら、ここ数年、特に、電力自由化の波が押し寄せて以来、海外の電力関係のニュースを見ていると、北米やヨーロッパで、毎年数回、大停電が起きているのですが、日本では、それが不思議(?)と起らないという現実にも、もっと注意してもらいたものです。
コメント by 武田充司 — 2008年12月23日 @ 11:16