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  • クラス1953新(昭28新)

    【駒場の日々/中川和雄】

    駒場では理科1類6組でした。今も懐かしい思い出があります。

    1.物 理  

    物理のゼミナールは金澤秀夫先生につきました。テキストはJ.C.Slater and N.H.Frank;“Introduction to Theoretical Physics”。先生がお持ちの原書を学生が英文タイプを打ち、コピーして毎回、配布して貰いました。

    私には結構難しく、第1章のタイトル、“POWER SERIES”からして どう訳するのか辞書を引いてもわかりません。教室で初めて“べき級数”と知る有様でした。これを週1回、練習問題を含めて、2章ずつ進むのは、かなりきつかった思い出です。けれど div、curl (rot) など、ここで教え込まれたベクトル演算は後々ずいぶん役立ちました。

    そして期末試験。参考書類は持ち込み自由。午後早くに試験は始まりました。先生は黒板に英文で問題を書き終わると、「解けるなら解いてみなさい」と教室を出て行かれました。試験監督はいません。みんな必死に問題に向かいました。

    第1問は「質点m1、m2、m3 が、質量のない紐に結ばれているときの振動を論ぜよ」。これはみんなが解いたようです。第2問は「Circular Tube の Tube内に質点mがある。Circular Tubeが鉛直の直径D を軸として、角速度ωで回転する。mはすこし上方に移動する。ここでmに微少振動を与えたときの周期を求めよ。Tubeの内半径はrである。」というものでした。

    さあわからない。考えても、考えてもわからない。種々方法を試みても、いつの間にか先ほど考えた過程に戻っているのに気づく。2時間、3時間と過ぎていきます。けれど問題は解けません。晩秋の日はやがて暮れて、すっかり暗くなったプレハブ教室には電灯が灯りました。6時過ぎだったと思います。先生が戻られ、「できましたか?」と答案を集めて行かれました。

    とうとう解けなかったのが口惜しく、当時のプレハブ教室の情景とともにその問題は永く忘れられませんでした。

    2.化 学  

    化学は小島先生でした。やはり時計台裏のプレハブ教室で教わりました。ある時、先生はしみじみと言われるのでした。 「戦争に敗けて、なにもかも不自由な生活だ。君たちはたいへんだろう。けれど考えて貰いたい。第一次大戦に敗れたドイツはもっと酷いインフレーションが進行するなか、生活はもっと惨めだっただろう。しかし波動力学、量子力学等々、現代物理学の基礎は、まさにそのドイツで、ドイツの青年によって築かれたのだ。生活は厳しいだろうが、君たちも努力してもらいたい」 まだ戦争の惨禍が色濃く残っていた頃のことです。先生の話には強く惹かれるのでした。

    3.数 学  

    数学の先生の一人は田村二郎先生でした。最初の時間、少し遅れて教室に入ったときは、先生は既に黒板に向かって、数式を展開しておられました。黒板の右端までいくと、左端に戻り、黒板を拭き消しては、数式を続けられます。これを繰り返し、学生の方はほとんど振り向いて下さいません。私はただ見とれるばかりでした。

    90分が過ぎ、講義が終わったとき、先生は初めてわれわれに向かい結論されました。 「これで0という数が一つあり、一つに限ることが証明されました。」 私はいっぺんに先生が好きになりました。(失礼な表現ですが、実感です。)

    期末試験が近づいたとき、先生は言われました。 「私は解法が一つしかない問題は出題しません。どんなに優れた学生でも、ど忘れすることはあります。時間は限られています。その学生に気の毒です。ですから私は解き方が二つも、三つもある問題を出します。だから問題を解けなかった学生は、幾つもある解法を全部知らなかったことになります。不勉強です。落第してもらいます。」 私は先生がますます好きになりました。

    後に先生は教養学部長を勤められ、定年退官後は津田塾大学に移られたと聞きました。ずっと後になり、娘が中学生になったとき、津田塾の学生に来てもらい、娘に数学を教えてもらいました。ある日尋ねました。 「田村二郎先生はいらっしゃいますか?」 「いらっしゃいます」 それで授業の模様をうかがいました。けれど・・・・・ 昔、駒場の教室に、われわれが抱いたあの感激を、再び感じとることは、もはや無理というものでした。時代の流れというものでしょうか?

    本郷でも、駒場でも、優れた先生方と良い友人たちに恵まれた私らは、ほんとうに幸せだったと思います。

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