月着陸探査プロジェクトの立ち上げ方/橋本樹明
私は宇宙研(ISAS)の教員であると同時に、JAXA月惑星探査プログラムグループを併任し、現在、月着陸探査機であるSELENE-2計画のプロジェクト化にむけての検討をしています。詳しくは、 http://www.jspec.jaxa.jp/を参照ください。
私はこれまでISASにて、誘導制御分野の研究開発と大学院教育を行うとともに、科学衛星の姿勢軌道制御系担当者として多くのプロジェクトに関わってきました。しかし、探査計画全体のことを考えたり、プロジェクト化するための準備作業を行うのは初めてです。きっかけは、20世紀の時代、中谷一郎先生(現名誉教授)を中心として、当時のISAS、NASDA(宇宙開発事業団)、NAL(航空宇宙技術研究所)の3機関が連携して、月着陸実験機SELENE-Bの検討をしていました。私は、月や惑星の表面へ探査機を着陸させるための誘導制御の研究を行っていた関係で、この検討ワーキンググループに加わっていました。2003年のJAXA誕生時に中谷先生が宇宙科学プログラムディレクタという立場になられたため、「ワーキンググループの代表を交代せよ」ということになったことから、私が代表を務めることになりました。残念ながら、SELENE-B計画は実現しなかったのですが、その後、いろいろな経緯があって、現在はSELENE-2プリプロジェクト(JAXAでは、プロジェクトにするための準備をするチームのことを「プリプロジェクト」と呼んでいます。)のリーダをしています。
月や地球がどうやって誕生したのか、月と地球はどうして現在のように全く様子が違う天体になったのか、他の惑星はどのように誕生して進化していったのか、というような謎を解くためには、月を詳しく調べる必要があります。アポロ探査機は、40年も前に人を月面に送り込み、月の石を地球に持ち帰りました。2007年に打ち上げた「かぐや」(SELENE)は、最新鋭の観測機器を使って月面をくまなく観測しています。しかし、アポロが探査した地点は地質的には限られた地域であり、また当時の観測装置の性能から、月の全体像には迫れていません。(大げさな言い方をすれば、サハラ砂漠に着陸した宇宙人が「地球は水の少ない乾燥した惑星で、高等生物はいない」と思ってしまうようなもの?)また、「かぐや」や他の外国の周回探査機による遠隔からの観測では、月の内部構造に関して得られる情報は限られます。月は、米国が、再び人を月面に送り、長期滞在させ、将来の火星有人探査のために備える計画を発表し、諸外国にも参加を求めてきています。現在、地上400km付近を飛んでいる国際宇宙ステーション(ISS)の次の大型プロジェクトは、国際月面基地であると考えられています。月は、宇宙からの放射線を防ぐ働きをする地球の放射線帯の外側であり、月面基地での放射線環境はISSより何倍も厳しいと言われています。また、月面にはレゴリスと呼ばれる細かい粉のような砂があり、これらが機械や人間に悪影響を与えると考えられています。本格的な有人探査を行う前に、月面の環境をしっかり調べておくことが必要です。
現在の月探査は、「どこでも着陸すれば良い」という時代から、「これを調べるために、ここに着陸したい」という段階になっています。高精度に目的地点に着陸するためには、地上からの指令で計画通りに飛行するだけでは不十分です。探査機が自分の目(カメラ)で目印となるクレータなどを見ながら、地図を頼りに目的地に向かって飛行する必要があります。また、岩などの障害物があったら、よける必要があります。月の自転周期は約4週間で、昼が2週間続き、夜が2週間続きます。2週間以上月面に滞在するためには、太陽電池の使えない夜間のエネルギーをどうするか、というのが重要な問題です。宇宙飛行士が月に行く時代になっても、その人数は限られます。宇宙飛行士を助けるロボットが必要です。また、危険な場所の調査は、今後もロボットが実施する必要があるでしょう。
このように、月は科学的にも有人活動の点でも、調べなければならないこと、そのために開発しなければならない技術がたくさんあります。そこでJAXAでは、SELENEの後継探査機シリーズとして、月に着陸してその周辺を移動ロボット(ローバ)によって探査するSELENE-2計画を検討しています。SELENE-2は多目的なので、限られた重量や予算の中で何に重点を置くか、ということが重要な検討項目です。期待される成果と、実現の難易度、開発に必要な予算や時間をよく考えて、最適化する必要があります。また、現在、月探査を計画している国は、米国、中国、インドをはじめ、欧州やロシアなど、多くあります。これらの計画とうまく連携、役割分担を決め、効率的に月探査を行う必要があるでしょう。国際交渉も重要な仕事です。もちろん、計画したことを実現するための技術開発が最重要であることは言うまでもありません。電気電子工学も、主要な位置づけを占めています。
プロジェクトを立ち上げるための仕事は、自分の専門分野の知識だけではできません。JAXA内外の各分野の専門家ともに、いろいろな、時には技術的では無い検討も実施する必要があります。表題の「プロジェクトの立ち上げ方」は私も現在勉強中ですが、早期のプロジェクト化に向けて努力しているところです。プロジェクトとしてスタートできましたら、また続編をお届けしたいと思います。
(橋本 樹明:宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部・教授)