遠距離通勤の楽しみ/菊地和朗
研究室が駒場キャンパスから柏キャンパスに移転して、はや1年が経過した。自宅が横浜市にあるので、柏キャンパスまでの通勤時間は片道2時間強となった。よく晴れた冬の日には、自宅を出て東横線の高架から、富士山のみならず丹沢の山々の向こうに南アルプスが眺望できる。一方、2時間近くが経過して柏キャンパスに近づくと、つくばエクスプレスの車窓には筑波山が姿を現す。関東平野はかくも広いことを実感できる。
総務省統計局の平成13年社会生活基本調査によれば、関東エリアで通勤時間2時間を越える勤労者は2%以下という少数派であるらしい。この往復4時間を越える通勤時間を有効活用すべく、いろいろ実験を行った。読書は最も簡単な時間の使い方であるが、揺れる電車での長時間の読書は老眼にこたえる。次に柴田先生に倣って、i-podを調達した。片道2時間であるので、ブルックナーなど重厚長大な作品が特にお勧めである。しかし、地下鉄区間では雑音が大きく、大仰なヘッドフォンが必要なことがわかり、音楽鑑賞も現在は中断している。
これらの経験を経て現在は、外部記憶装置にたよらずに”ひたすら考えること”で時間を費やしている。たとえば、詰碁の難しい問題を出勤前に頭に入れておき、2時間考えるというような時間の使い方である。囲碁はこの成果で1目くらい棋力が向上した。また、メモ帳と鉛筆だけで、いろいろな計算をするのもよい。昨年度はその成果で、切れ味鋭い(と自負している)単著論文を執筆することができた。今は自宅の書斎もネットワークに繋がっているので、頭脳をスタンドアローンで動作させる、外界と隔絶された時間を持つことは大変貴重である。(つくばエクスプレスや日比谷線で、一見眠っているような菊池を見かけても、それはきっと眠っているのではありません。)
柏キャンパスから本郷への移転も、もうじきであるである。この間、せめて2%の勤労者に許される特権を享受しようと考えている。
(菊地 和朗:新領域創成科学研究科基盤情報学専攻・教授)