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  • 人生百年時代/齋藤嘉博@クラス1955

      私が70才のころ、ゴルフ場で80才を越えるご老人がプレーをしているのを見ながら、80才の年寄りがゴルフや車の運転をするなんて危なくて見ていられないネと思ったものでした。そして“自分がその齢になったら”なんて考えたこともありませんでした。

      しかし昨年90才になって愕然としたのです。私っていつまで生きているのだろう?と。ゴルフと車はやめましたが、いまのところ幸いに足腰は丈夫であちこちと徘徊をしています。しかしこれからは次第に体力が衰えて動きが鈍くなり、記憶力も聴力も衰えてくることは必然です。そうしたら??そんなことを考えているとき、本屋にはいりましたら入口近くに百歳人生に関する本が沢山並んでいました。そのなかから五木寛之さん著の「百歳人生を生きるヒント」という本を読んだのです。
      読んでみると意外に面白い。初めの方に論語を引用して「子曰、吾十有五$2F7D志乎学、三十$2F7D立、四十$2F7D不惑、五十$2F7D知天命、六十$2F7D耳順、七十$2F7D従心所欲、不踰矩」うんなるほど。 九十2.jpg
      私が漢文に接したのは中学二年生のときでした。横に並べると風格がなくなりますが、返り点を含んだ難しい漢字の並ぶ文章は読むのがやっとで、その心を感じるという域にはとても達しませんでした。がいま読んでみるとなかなか味のあるもの。五木はこの文を鍵にして自分なりに次のような人生観、人生の過ごし方を述べています。
    六十代
     群れから離れる覚悟 身体語をマスターしよう 呼吸は養生の基本
    七十代
     現役を退く 学びの楽しさに目覚める 新しいことにチャレンジする
    八十代  群れの中に身を置きつつおきてに迎合しないで自分に忠実に生きる
     人生の秋の最高の楽しさ 明日のことを思い煩うな
    九十代  回想の世界に遊ぶ至福  九十年の記憶の資産は無尽蔵の財産
     古い流行歌を聴けば一瞬のうちに若き日にタイムスリップする
     軸足二割くらいを見える社会に八割を見えない世界に置きたい
    最後は希望をもって百パーセント見えない世界に飛び込んでいけたら。
      さすがに一流の小説家、ご自分の体験からにじみ出るいい線をいっているようです。なかでも七十代の学びの楽しさという著述には同感を禁じえません。若いとき、学生時代の勉強は知識を二次元的に広げるもの。それがその後の50年の体験という時間のなかでぐつぐつと煮込まれて、知識は二次元から3次元へと厚味を増しさらに4次元の世界へと発展していきます。
      例えばドフトエフスキーを読んでも、活字を読んでの理解と、ロシアの街に立ってその街の様子を知ったうえで読むのとでは大違い。周辺のことを知っての新しい勉強はとても楽しい。私の親しい友人I君は70代にK大学に入って若い学生と一緒に楽しそうに仏教の勉強をしていましたっけ。私はそこまでの器量はありませんが、デイ・ケアの施設と科学博物館でボランティアをしたことで、それまでに知らなかった新しい世界を学び楽しんだものでした
      そして80代は好き勝手に国の内外、遠郊、近郊を徘徊しておりましたが、さてこれからの時間はどうしたらいいのでしょうか。五木は軸足の八割を見えない社会に置いてと書いています。宇宙のことが、月や火星の様子からブラックホールのことまでわかり、ゲノムから人間の成り立ちがすっかり分かるようになってもまだ死後の世界についての様子は科学的になにもわかっていない、見えないのです。以前このブログ稿(2016年3月)に六道珍皇寺を訪ねた折に「熊野観心十界図」を拝見したことをご紹介しました。地獄の世界を描いたこの図も想像の域をでないもの、テレビで電車の衝突を見せる生々しい中継映像とは異なります。昨年暮れに深川閻魔堂(法乗院)を訪ねた時にもおなじような図が掲げられて和尚がこの図の意味を説明してくださいました。
      私の机の上には先年京都の千本閻魔堂(引接寺)で頂いた小さい閻魔様が飾ってあります。毎日真っ赤なお顔をして力んでおられるので、easy! easy! となだめて。 九十3.jpg
      小野篁卿に倣ってとまでは行きませんが、その折には非正規社員でいいのですから下働きに使ってくださいとお願いをしているところです。やはり私の軸足は八割ぐらい見えない世界におかれているのでしょうか。
      五木の書にあった論語で思いついてお茶の水の湯島聖堂を訪れてみました。聖橋の際、都心としては多くの木々に囲まれた静かな雰囲気。孔子の像が深い木々のなかに立っていました。 九十1.jpg
      論語っていま読んでみると含蓄のある文章。なかなかいいことが書いてあります。中国、韓国のトップの方々は当然論語を読まれたことがあると思うのですがネ。
      我が家の菩提寺、東禅寺での今月23日の秋分の法要時に予定される和尚の法話のお題はこれも偶々「本来無事―人生百年時代を生きる」と。どんなお話が聴けるのか楽しみです。
      注;今日(9月13日)のテレビで百才以上の人が7万人を越えた(男8,463、女62,775)と報じていました。
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