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  • カチカチ山/齋藤嘉博@クラス1955

      3月16日付の稿の最後に丁度その時に歩いたカチカチ山からの富士山の写真を載せました。本当にすばらしい富士山の眺めでした。

      しかしカチカチ山ってお伽噺なのにそんな山が本当にあるの?と訝しく思われた方もおられたと思います。おとぎ話は全く架空のお話し。しかし標高1100m余りの天上山がカチカチ山と称される所以は太宰治の小説“カチカチ山”にあります。 タヌキ0(88%).jpg
    カチカチ山(天上山)頂上からの富士山
      斜陽で名をなした太宰の小説の中に御伽草子という短編があり、瘤取り爺さん、浦島さん、舌切り雀と一緒にカチカチ山が収められています。その冒頭に「これは富士五湖のひとつ、河口湖畔の裏山あたりで行われた事件である」としるされているのが由来なのです。河口湖の駅から歩いて10分ほど、ロープウェイで上がった上駅の近くにうさぎ神社、そこからハイキングの道がカチカチ山こと天上山を抜けて三つ峠まで続いています。
      太宰は「ウサギがタヌキの背中の薪に火をつけて火傷をさせ、その火傷に辛子を塗り、最後に泥船で湖底に沈めるこのお話しあまりにも残酷、タヌキが可哀そう」と、話の筋はほぼ原作に沿っているものの、兎は少女、 タヌキ2(88%).jpg
    絵本カチカチ山
    タヌキはその少女に恋している醜男に設定して、女性にはこの無慈悲な兎の心が宿っているし、男性は善良な狸のようにいつも溺れかかってあがいているのだと世の男性を戒めているのでした。同感です。子供の頃はお婆さんをババア汁にしてお爺さんに飲ませたタヌキに、この程度の敵討ちは当たり前と思っていたのですが。
      私が子供のころは講談社の絵本でお伽話を楽しんだものです。お伽噺、昔話はむかしむかし、あるところにと始まる架空の、しかしなにか奥に教訓を含んだ(それも戦時中の教訓ですから)もの。桃太郎でも一寸法師でも登場人物の多くはおじいさんとおばあさん。いつも叱られるお父さん、お母さんとは違って、直接利害の関わる人物でないところがいいですネ。ワンクッションおいて楽しめる。そのころから80年以上経って読者がお爺さんになり、様々の経験を経た眼でこうしたお話を読んでみると太宰ならずとも昔とは違った感覚で読み、楽しむことができるようです。カチカチ山に上がりましたらお伽噺が懐かしくなって、過日Y氏のお世話で講談社の書庫に赴き当時の絵本を見てきました。覚えている手触り、感触、うーんこんな絵だったナと当時の大家が描いた本を大変懐かしく読みました。
      浦島太郎のお話しでは竜宮城での歓待。子供心にはただきれいな館としか考えませんでしたが、私はこの絵本を見ながらオペラのタンホイザーを想いました。乙姫様の竜宮城はヴィーナスの館だったのだナと。それならあと玉手箱を開けて急に老いるのはわかるのですネ。過日訪れた木曽路の「寝覚ノ床」に浦島太郎が玉手箱を開けてお爺さんになった場所とされている岩があって、近くには浦島神社がありました。
      タヌキで想い出すのは証城寺。房総の木更津にあります。昔訪れたときに頂いたご朱印をご覧に入れましょう。日付に昭和五十八年とありますから随分昔のこと。詳細は覚えていないのですが、印はなかなか凝ったものになっています。$266B証城寺の庭は、つんつん月夜で$266Bと無邪気に歌った童謡。 タヌキ1(35%).jpg
    証城寺のご朱印
      タヌキとお寺の和尚の競演、そうか和尚さんの木魚とタヌキの腹鼓の競演だったんだと知ったのはかなり後になってからでした。
      そしてもう一つ、分福茶釜。これは館林の茂林寺でのお話し。山門の前にはずらりとタヌキの像が並んでいます。その数20体余。昔々お寺の和尚が茶を立てるのに使った茶釜。いくら湯を汲んでも減らないので不思議に思っていたところ、ある日、お釜に頭としっぽが生えて歩き出したのを発見。これは化け物だと処分しようとしたところ馴染みの道具屋さんが、可哀そうだから私が頂きましょうと買取りました。命拾いをしたタヌキはお礼にと綱渡りや踊りを披露。 タヌキ3(88%).jpg
    茂林寺の山門前
    茂林寺1(88%).jpg
    タヌキ像

      これが評判になって道具屋さんは沢山の木戸銭を儲けたという恩返しのお話し。現在の茂林寺には茶釜が飾ってありますし、三門の前にはずらりとタヌキの像がならんでお参りの人を楽しませてくれています。そして茶店の店先にも。

      諸兄も日本の昔話しからグリム、ペロー、アンデルセンの童話を含めて、一度お伽噺を読んで見ませんか。そこにはいままで思ってもみなかったさまざまな面白い出来事が記されていますから。
    2 Comments »
    1. 子供のころ、僕も講談社の絵本を多く読みました。日本のおとぎ話の中には、時々、怖い話や、残酷な話がありますが、あれには深い意味があって、先祖の人たちの人生の知恵と教訓が凝縮されているのではないかと、年を取ってから、ふと、考えるようになりました。
       しかし、戦後は、ハッピー・エンドや、みんな仲良しになって喧嘩をしないように書き換えられたものがあったように思います。これでは、せっかくの先人の知恵も台無しではないでしょうか。単純で分かり易いものには嘘が多い?それを好むのは文化の退行現象かもしれません。たしかに、もう一度、怖い昔話や、残酷なおとぎ話に耳を傾けて、先祖の声を聴いてみるのもよいですね。

      コメント by 武田充司 — 2019年6月3日 @ 21:55

    2. 同感です。ちかごろはお皿を数えたり、お化けが出たりの楽しい怖いお話しがなくなって、車が幼稚園児の中に飛び込んだり、銃の乱射だったり、ほんとうにコワイおはなしばかり。困ったものです。技術進歩のセイ?マスコミのセイ?

      コメント by サイトウ — 2019年6月6日 @ 08:21

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