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  • リトアニア史余談38:森と湖の国リトアニア/武田充司@クラス1955

     リトアニアは「森と湖の国」といわれるが、あの美しいリトアニアの自然はどのようにして形成されたのだろうか。これから述べることはバルト海とバルト海東岸地域形成の物語である。

     最後の氷河期(*1)が終って北欧の大地を覆っていた厚い氷の層が消滅した紀元前9000年頃、大地の上に乗っていた巨大な氷の重みで作られた広大な窪地が現れた。そこにスカンジナヴィア南部の低地帯を通って大西洋から海水が流れ込み、ヨルディア海(*2)とよばれる海が出現した。しかし、その後、厚い氷の層の重みから解放された大地は徐々に隆起しはじめ、スカンジナヴィア南部の低地帯は消滅し、ヨルディア海は大西洋から切り離されて孤立した。そして、孤立したヨルディア海の水は周囲から流れ込む河川の水によって淡水化し、やがて巨大な淡水湖アンシルス(*3)となった。
     アンシルスの湖面は周囲から流れ込む河川の水によって拡大を続け、周辺に多くの湿地を形成した。しかし、アンシルス湖の水は、現在のデンマークとスウェーデンの間の低地を通って北海に溢れ出し、大西洋へと流出した。こうして現在のバルト海(*4)が誕生した。
     バルト海東岸地域もゆっくりと隆起を続け、湿地地帯は次第に乾燥し、現在見られるような美しい森と湖が点在する自然が形成された。バルト海の東側に北からエストニア、ラトヴィア、リトアニアと並ぶ現在のバルト3国には、いずれの国にも大小無数の湖が宝石のように点在しているが(*5)、高い山や山脈は存在しない。せいぜい標高300メートル程度の高地地帯があるのみである(*6)。
     氷河に削られた大地は砂礫質で、土は痩せているから農業には適さない。しかし、氷河の底になっていた部分には泥土などの堆積物が残留して沼沢地帯を形成する場合がある。こうした沼沢地帯と痩せた土地と深い森が、この地域に定住したバルト族を外敵の侵入から守る天然の防壁となっていた(*7)。しかし、現在では、その特異な美しい自然景観がリトアニアの人々だけでなく、多くの外国人観光客を招き寄せている。
     リトアニアは北海道の80%ほどの大きさの国であるが、この森と湖の美しい自然を守るために、5つの国立公園のほかに、200を超える自然保護区を設定している。それらの自然保護区の中には特に厳重に管理されている特別保護区もある(*8)。また、国立公園とは別に30もの地域公園が指定されている(*9)。最も古い国立公園はアウクシュタイティア国立公園(*10)であるが、今でも最も人気のある国立公園として人々に親しまれている。
    〔蛇足〕
    *1)科学的には「氷河期」は現在も続いているので、正確に言えば、氷河期の寒冷な期間である「氷期」が終ったとするべきだが、ここではそのような専門的な表現に拘らないことにした。ちなみに、最後の「氷期」が終ったのは約1万年前で、現在は氷河期の中の暖かい時期、すなわち、「間氷期」にあるというのが正しい。
    *2)ヨルディア海(Yoldia Sea)の寿命は比較的短く、過渡的な存在であった。
    *3)したがって、アンシルス湖(Lake Ancylus)は、この地域の巨大な氷の重量が消滅したことによる地殻のリバウンド現象によってヨルディア海が孤立し、淡水化して形成されたものである。この地殻のリバウンドによる隆起現象は現在も継続している。
    *4)大きな内海であるバルト海には、外洋には見られない幾つかの際立った特徴がある。大西洋のメキシコ湾流の影響は北海を仲立ちにしてバルト海の入口に達するが、バルト海はその南端で非常に狭い海峡によって北海とつながっているのみであるから、外洋の影響は殆どここで遮断されてしまう。そのため、潮の干満や潮流によって外洋からバルト海へ供給される新鮮な海水は非常に少ない。その一方で、周囲から流入する河川はバルト海の淡水化を促進する。こうして、バルト海は塩分濃度の低い特殊な水域となっている。しかも、その塩分濃度はバルト海周辺地域の降水量によって変動するという外洋には見られない特異な現象が存在する。さらに、平均水深が僅か65メートルというバルト海内部では、強い潮流は存在せず、水質汚染には極めて弱い。その結果、冷戦時代にソ連が垂れ流した産業廃棄物や無法な軍事活動によってバルト海は深刻な環境破壊に見舞われ、漁業も大きな影響をうけた。冷戦終結後、バルト海沿岸諸国がこの問題解決のために如何に多大な努力をしてきたかは記憶に留めておくべきだろう。
    *5)たとえば、リトアニアには0.5ヘクタール以上の大きさの湖が2830あり、国土の1.5%を占めている。
    *6)エストニア、ラトヴィア、リトアニア各国の最高点は、それぞれ、標高318メートル、312メートル、294メートルで、これらの地点はいずれもバルト海岸から離れた東部の高地地帯にある。
    *7)重い甲冑で身を固めた西欧の騎士たちは、沼沢地帯の泥沼のような土地で戦うのは苦手であった。痩せた土地はドイツ農民には魅力がなかった。深い森の奥に住むバルト族の集落を襲うのは土地不案内な西欧人には困難で、バルト族のゲリラ的襲撃によって悩まされ、平原での戦いに慣れた西欧の大軍団もその力を発揮することができなかった。
    *8)自然保護区(Nature reserve)が200以上あるのに対して、特別保護区(Strict nature reserve)は4ヶ所である。
    *9)地域公園(Regional park)は国立公園(National park)より下位にあるから、日本の「国定公園」に相当するものといえよう。
    *10)アウクシュタイティア(Aukstaitija)国立公園は、リトアニア東部の高地地帯にあり、多くの美しい湖が点在する、まさしく、「森と湖の国」に相応しい国立公園である。首都ヴィルニュスの北東100km足らずのところにあるから、ヴィルニュスから日帰りで行ける。
          (2015年2月記)
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