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  • 「米中開戦」を読んだ/大曲恒雄@クラス1955

     久しぶりにトム・クランシーの小説を読んだ。タイトルは「米中開戦」(原題はThreat Vector)。文庫本で4冊、1300ページ近い大作である。

     トム・クランシーは1984年に出した「レッド・オクトーバーを追え」で一躍有名になった。東西冷戦下、ソ連で竣工したばかりの最新鋭原子力潜水艦「レッド・オクトーバー」が逃亡、米国に亡命するという衝撃的な内容のこの小説はいきなりベストセラーとなり、映画化もされた。トム・クランシーは豊富で該博な知識と詳細なデータを基に現代戦の実相を描くことを得意とし、ハイテク軍事スリラーの元祖と言われるようになった。因みに、「レッド・オクトーバーを追え」の執筆には何と9年を要したそうだ。その後も次々に話題作を出し今後も活躍が期待されていたが、残念ながら昨年秋急逝してしまったとのこと。
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      物語の主役はコードネーム「センター」と名乗る謎の男で、きわめて強力なパワーを持つサイバーテロ集団を率いている。世界中にネットワークを張り巡らし、盗聴、監視、ハッキング、マルウェアの植え込み等々、考えられるあらゆる手段を駆使してサイバー空間を支配する闇の帝王の如き存在である。更に脅迫、ハニートラップ、その他様々なテクニックを駆使して協力者を増やしていく。アフガニスタン上空を飛行中の米国無人偵察機を“乗っ取り”、回れ右させて米軍の陣地を襲撃させるという荒技もやる。更にサイバー空間だけでなく米国内で活動する実働部隊も持っていて、狙いをつけた人間や会社を“消す”ことも意のままというから恐ろしい。
     これに対抗する米国側のチームは「ザ・キャンパス」と呼ばれる超極秘民間情報組織で、その工作員の一人が何と現職米国大統領の長男ジャック・ライアン・ジュニアであるという設定がいかにもトム・クランシーの面目躍如という感じで大変面白い。
     中国側の準主役は国家主席の韋(ウェイ)と中央軍事委員会主席の蘇の2人である。韋は実力も無いのにラッキーな事情が重なって国のトップに上り詰めた男だが遂にあらゆる点で国の運営に行き詰まり、共産党指導部内の勢力争いにも破れ、絶望感にかられて拳銃自殺を決意する。まさに自殺を決行しようとした時に蘇将軍が戦車部隊を引き連れて救援(?)に駆けつけ自殺を思いとどまるが、その後は蘇の操り人形的存在になってしまう。
     蘇の野望はまず南シナ海を完全に支配し、次に香港とマカオを取り込んでその富を中国に吸収し、最終的には台湾を中国と一体化させること。しかもそれを1年以内に実現したいという途方もない夢を抱いており、その実現のために「センター」グループを操る。
     「宣戦布告」は韋主席のテレビ演説で。その中で、南シナ海を囲むいわゆる九段線の内部はすべて中国領であり、領土・領海を取り戻すために行動を開始すると宣言する。やがてフィリッピン近海の小島に小部隊が上陸、占拠し、小競り合いが始まる。
     これに対抗して米国は空母ロナルド・レーガン機動部隊を台湾近海に派遣、台湾空軍をサポートして台湾海峡のパトロールを強化する。台湾海峡での空戦が頻発して緊張が高まっていく。これに対して中国は「ロナルドレーガン部隊を中国沿岸から300海里遠ざけよ」と脅迫。中国軍が持っている地対艦ミサイル(1発で空母を撃沈する能力を持っている)を恐れる米国はやむなくこの脅迫に負けて空母部隊を後退させる。その代わり極秘裏に米国の優秀なパイロットを台湾に送り込み、台湾空軍の戦闘機(米国から供与したもの)を使って台湾海峡の制空権を辛うじてキープする。
     一方、「センター」軍団によるサイバー攻撃は益々激しさを増し、国防総省やFAAのネットワークが相次いでダウン、一部都市の地下鉄や携帯電話のシステムもダウン、更にアーカンソー州にある原発の冷却用ポンプが突然停止して冷却ができなくなった。幸い非常用炉心冷却装置が作動して最悪の事態は回避されたが。
     押されっぱなしの米国はサイバー攻撃の脅威にさらされながらも秘策を練り上げ、実行に移す。その1つは「センター集団」の本拠地が広州郊外にあることを突き止めたので、空からの攻撃によってこれを破壊すること。そのために台湾から戦闘機を飛ばし、空中給油を行いながら低空で中国本土に侵入し、多くの犠牲を払いながらも何とか目標のビルを破壊する。「センター」は死に、サイバー攻撃は消滅する。
     2つ目は中国の反政府組織と「ザ・キャンパス」のメンバーが協力して出勤途上の蘇将軍の車列を北京郊外で襲い、将軍を暗殺する。両作戦とも成功して中国側は急速に戦意を失い、絶望した韋国家主席は遂に拳銃自殺の道を選ぶ。
     とどめを刺したのは米国ライアン大統領のテレビ演説。この中で彼は中国が戦争行為を止めない場合マラッカ海峡を封鎖し、中東から中国への石油輸入をストップさせると警告する。中国は必要な石油の80%を中東からの輸入に頼っているそうで、この警告は有効に作用し紛争は全面戦争に発展することなく短期間で終結する。この本のタイトルが「米中決戦」とか「米中戦争」ではなく、「米中開戦」となった所以であろう。
     第4巻の表紙に巻かれている帯に「これはフィクションなのか?」と書かれているが、極めて精密に構成された近未来シミュレーション・ドラマの傑作であると思う。最近起こったマレーシア航空機の事件に関連して、中国軍の幹部が「中国は南シナ海に飛行場と港を建設すべき」と発言したそうで、今回の事件を南シナ海実効支配へのきっかけにしたいとの中国の本音を漏らしたものと報道されている。
     今後中国は益々海軍力を増強し、海洋進出を加速化させていくことは間違いないと思うが、この小説のような事態が起こらないことを願いたいものである。
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