旅と音楽祭/吉田進@クラス1955
記>級会消息 (2010年度, class1955, 消息)
「旅は精神の若返りの泉である」と言うアンデルセンの言葉は真に名言と思うが、歳を重ねると旅に出るにも色々差支えがあるようになった。
それでも気ままに出かける旅の他に、自分で歌や楽器はできない受動的ファンであるが、クラシックを聴くための音楽祭への旅が比較的多い。
最初に出かけた音楽祭への旅は、1998年に裏磐梯の或るリゾートホテルだった。ホテルのロビーで三夜演奏される室内楽が中心で、弦楽、管楽、ピアノ、ハープ、声楽など多彩で、かなり名の知れた演奏家、その後有名になった演奏家、ヨーロッパからの演奏家も含まれ、聴きごたえがあった。日没前にホテルの芝生で演奏された金管クインテットも、ホテル以外に建物はない環境の中で周囲の山々に吸い込まれるような音が印象的だった。数年前から年に一度開かれていたらしいが、宿泊客聴衆の数に比べて演奏家が充実していて、少し経営的に無理だったためか、その年以後は規模を縮小したので1回だけで参加を見合わせている。最近は1~2名の演奏家によるリゾートホテルでのリサイタルの案内がよくくるが、少し物足りない感じがする。
この経験から、年に一度はと心がけている旅行に夏の木曽音楽祭への参加がある。夏季にリゾート地で行われる音楽祭は我が国でも多くなったが、木曽はその中でも老舗のようで、町住民の熱意が感じられる。初めて参加したのは2002年の第28回で、以後2回ほど都合で行けない年もあったが、今年の第36回には参加できた。毎年8月末頃、木曜日に前夜祭があり、本演奏会はそれに続く日曜日までが恒例である。前夜祭は木曽福島中学校の体育館、本演奏会は木曽駒高原の木曽文化ホールで行われる。ホールは室内楽に適した規模で音響効果も中々良い。
出演される演奏家は、オーケストラ各パートの首席クラス、音大の先生、ソリストなど国内一流の著名な方々で、ほぼ毎年の常連である。開演前にはホール前に広がる木曽駒高原裾野でアルプホルン三重奏、ホール入口前でホルン四重奏などの歓迎を受ける。曲目のレパートリーも多彩で、珍しい曲も含まれている。日中余裕があれば御嶽山、開田高原、奈良井宿、赤沢美林などの観光を楽しむこともでき、ロケーションもよい。
最終日は開演が3時となり、終演後の「ふれあいパーティ」がまた楽しい。ほとんどの演奏家が参加されるので、ビール片手に付き合いができる。演奏家の意外な一面や人柄に触れるので面白い。TVで時々見る厳格な風貌の著名なホルン奏者が、話してみると非常に控えめで、ユーモラスな感じも見せる人だった。また、チェロ奏者(女性)の一人が、我家から歩いて10分もかからないところに住んでおられることを知った。
今年のことであるが、終演後に食事を済ませて宿へ戻る暗い山道をドライブしていたとき、狭い曲がり道ですれ違った車が、高名なオーボエ奏者の運転と同乗の家内が気付いた。翌日のパーティで本人と一時話題になり、我々が宿泊していた温泉宿に入浴に行った帰りとのことだった。演奏家は町が用意した宿舎(別荘など)に分散して滞在しているようだ。
木曽へは現地での行動を考えるとマイカーで行くのが便利である。中央道インターでは地図上伊那が至近距離であるが、木曽駒山系に阻まれて数年前までルートがなかった。回り道になるが、諏訪から一旦長野道に入り塩尻で降り、トラックなどの交通量が多い国道19号を走るしかなかった。現在は伊那から木曽へ抜けるトンネルが開通し、時間的に大分楽になったが、いつまで長距離ドライブを続けられるかが問題である。
今年のコンサートで少し心に引っかかる出来事があった。隣席の紳士が、痰でもでるのか口鼻のあたりからしきりに音を出していた。大きい音ではないが隣席の連続的ノイズなのでかなり気になり、興をそがれた。大分迷ったが、休憩時にその方に様子を聞いてみたところ、風邪をひいているとのことだった。翌日も同じ目に遭いそうなので、困っていることを話したところ、連れの女性と相談した後、離れた空席に移って下さった。こういう場合、穏やかではあるが率直に苦情を申し上げたのが良かったのか、我慢した方が良かったのか、いまだに時々思い出して考える。自分だったら最初から聴きに行くのを止める積りだが、果たしてそうできるだろうか。
この出来事に関連して、ヨーロッパの音楽祭を含むツアーに一度参加した折を思い出す。ヴェローナの野外オペラとザルツブルグ音楽祭が主目的だった。ザルツブルグでのウイーンフィルのコンサートで、前から3番目の指揮者のすぐ後に当る席が取れたのだが、モーツアルトのジュピター演奏中に、左後方の席でかなり大きな咳払いをした人がいた。指揮者のR.ムーティが指揮しながらその方向をじろりとにらんだ。そのまま演奏は続いたが、こんなこともあるのだなと印象に残った。諸兄はこのようなコンサートのマナーをどう考えられますか。
2010年11月1日 記>級会消息