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  • 未来対話/斎藤嘉博@クラス1955

     一昨年の7月、このブログが始まったときから科学博物館の展示の様子を23回にわたってご紹介してきました。


    随分長くなりましたのでそろそろと、編集長のご理解を得て今回でこの項を打ち止めとすることにしました。
     

     国立科学博物館は世界のレベルでみると決して大きい博物館とは言えませんが、この中には40億年前の閃緑岩、アンモナイトや三葉虫の化石、地球の外からやってきた様々な隕石など137億年の宇宙、46億歳の地球を語る展示がつまっています。
     技術関連では丁度100年前に日本で初めて飛んだファルマン機のプロペラ、日本最初の事業用火力発電所で使用されたエジソン型の直流発電機(写真)、帝国大学工科大学で研究に使用されたオットー4サイクル内燃機関(写真)など。日本館と地球館を合わせて九つのフロアに長い時間と故人の智恵がつまっています。収集されている標本資料は400万点に近いということです。このような話題についてはまたいつか構想を新たにしてご紹介しましょう。
    ダイナモ.JPG

    エジソン型直流発電機

    オットー.JPG

    オットー4サイクル内燃機関

     上記のようにこの博物館には過去の姿がありますが未来についての展示はありません。それはこの展示を見られる来館者自身で考える問題として預けられているのです。でも気になるのはこれからの人間社会の行方、若者たちはどんな社会で生きていくことになるのか。
     昨年の6月にこの欄で日本オオカミなど絶滅危惧種のことを書いた頃、例のルーシー嬢と未来の話をしましたのでその一端をご紹介しましょう。
    ●「人類の絶滅っていつごろになるんだろう?」
    ●「アレッ!今頃そんなこと。もうずっと前から絶滅の道を辿っているじゃあない。人類はもう70%ぐらいに減ったかな。10万年後、いや1万年後の地球上では『ボクらはいったいいつからサイボーグ類になったんだろうネ』と古文書を研究しているよ。そしてそれは1908年だったんだアと」
    ●「??」
    ●「だって今の人類って二本足で歩かなくなったでしょ。4つの車を使っている。二本足での直立歩行をヒトの起源にしたように、人類の次の世代、サイボーグ類の始まりは自動車の始まり、つまり四本足の始まり。言うならフォードT型車の量産が人類滅亡の始まりさ。そうでしょ、アシを使わないでオアシばかり気にしている。頭脳はコンピュータに依存、目はテレビを見て耳にはイヤホーン、気持はマスコミとモバイルに占有されて。自然を恐れたりそこに霊を感じたりしなくなった。そういうのをサイボーグ類って言うの。あんたなんか自分は人類でなくサイボーグ類なんだともっと自覚したほうがいいよ。出来の悪いサイボーグだけどネ」だって。
     今度未来科学館に行ってボランティアの方にこの件を訊ねてみましょう。
      長い間のご愛読ありがとうございました。

    4 Comments »
    1.  23回にも亘る、科学博物館の解説、本当に有難うございました。この解説記事のお蔭で上野へ行く楽しみが増えました。この2年間に一度だけ科学博物館へ寄る機会がありましたが、ルーシー嬢とも知り合いのような気持ちで会うことが出来ました。ただし、斎藤さんのように話は出来ませんでしたが…。
       これからは、また別次元での話を聞ける事を楽しみにしています。

      コメント by 高橋 郁雄 — 2010年6月1日 @ 09:30

    2.   当ブログの名物コーナー、斎藤兄の国立科学博物館の紹介記事が遂に終了との事です。長い間愛読させて頂き、有難う御座いました。
        連載途中二度足を運び、その時点までにブログに取り上げられた展示は殆ど見た積りだったのですが、その後の記事特に今回の二葉の写真に見る発電機と内燃機関は覚えが無いのです。第一、一寸見ただけでは正体が判りません。今開催中の「哺乳類展」と合わせ、是非また近く上野に行かねば・・と思っているところです。
        新構想による新シリーズに大いに期待しています。

      コメント by 寺山進 — 2010年6月1日 @ 14:38

    3. 23回もの科学博物館の展示品の紹介を、齋藤さん独特のユーモアをまじえて投稿していただき大変有難うございました。この紹介は、誰でも出来ると言うものではなく、貴兄のようにガイドをやっている目からでなければ出来ない観察、紹介がされており、毎回感心しながら見ていました。
       齋藤さんのガイドで、多くの少年少女が科学に興味を持ち、また啓発され、その中から明日の日本を背負う科学者や技術者が出ることを信じています。
       小生も、科博を訪れる回数は少ないほうではないと思いますが、(現役引退後は、1年に4回ぐらいは行っていますが申し訳ありませんが、美術館の帰りとか、墓参りの帰りとかが多く、どうしても見方が上っ面になっています。)齋藤さんの紹介を見ますと、全く記憶に無いものが多くあり、遅ればせながら後から確かめています。本当に長い間大変有難うございました。
       前回お会いしたとき、お互いに戦時中の科博で、レオナルド・ダヴィンチ展を見たことで話が盛り上がりましたね。なお、小生は、高柳健次郎の電子式テレビも見ました。歴史的なカタカナの「イ」の字ではなく(これは今展示されていますね。)、「蛙」が写されているとの説明でしたが、どうしても蛙に見えず不思議に思った印象が今でも強く残っています。  新田

      コメント by 新田義雄 — 2010年6月3日 @ 00:45

    4. 過分のコメントありがとうごじました。ボランティアは今年度一杯続ける予定です。どなたでも友人、お孫さんたちと一緒に科博へというご予定がありましたらご連絡ください。ご希望に沿ったご案内をいたします。

      コメント by サイトウ — 2010年6月5日 @ 08:43

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