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  • 誤解が生んだ名訳(上)/寺山進@クラス1955

    まえがき
     私の投稿「四苦八苦の技術屋英語」に対して、大橋、西、斎藤の諸兄から興味深いコメントや、関連する投稿にお褒めの言葉を頂きうれしかった。

    斎藤兄は蘭学事始を取り上げ、「フルヘンヘッド」というたった一語の意味を知るのに悪戦苦闘した話も紹介された。良い辞書が沢山存在する現在、このような事は無いように思はれがちだが、決してそうではない。適当な訳が見当たらないから、カタカナ語が氾濫する。たとえば、
     「サミット」・・・これは発音やアクセントはともかく、一応正しい英語がカナになっている。
     「コンセント」・・・日本語では意味が変わってしまった。
     「ナイター」・・・英語のようだが英語ではない。
     「ペアルック(梨型体型)」「スキンシップ(皮の船)」・・・英米人に聞かれると恥ずかしいという人もいる。
     また、“sushi”(スシ)“karaoke”(カラオケ)のように、日本語から英語になった和製英語もある。
     いずれにしろ母国語ですら言葉の使い方は難しいのだから、外国語を訳するのは尚更たいへんだ。
    でもみんなが使うには、それだけの理由があるに違いない。誤解や勘違いがあったり、意識的な造語であったりしても、上記した例などは感じがよく出ている。
     そこで今回は外国語の翻訳のなかで、勘違いがありながら、よく使われている言葉を探してみた。

    タックス・ヘイヴン
     今春のサミットでこの問題が取り上げられた時、朝日新聞はこれに「租税回避地」という訳を当てた。しかもご丁寧に別に欄を設けて、「ヘイヴンはヘヴンでは無い」と解説していた。以前は“tax haven”を「税金天国」と云っていたし、今でもそういう人がいると思う。
     十年ほど前に評論家の呉智英氏が、産経新聞パリ支局長の山口昌子氏をやり玉にあげ「ヘイヴンを天国とは何事か、それでも一流紙の外報のプロか」と揶揄したことがある。で、「朝日は違うぞ」と云いたかったのだろう。
     しかし日本語の「天国」には、英語のヘヴンとは一寸違ったニュアンスの使い方もある。「泥棒天国」とか「役人天国」と云う場合、本来あってはならない不当な状況を弾劾する意味もある。「税金天国」は「脱税者天国」という意味にもなる。また合法的で不当ではないというなら、良い意味の「納税者天国」にもなる。両方を含蓄したなかなかうまい日本語だと思う。いかにもお役人が云いそうな「租税回避地」よりはるかに良い。「天下の朝日」なんだから同業の先輩を弁護して、「中学生みたいな機械的な単語の置き換えが、良い日本語になるとは限らないぞ」と、呉氏に論戦を挑めば良かったのに・・・と思ったりした。

     但しまさかこの文章が呉氏の目にとまって、論戦を仕掛けられる事はないでしょうね・・・?「朝日」ならともかく、私と論争のプロでは勝負にならない。しかし万一の事を考えて、他にも例を用意しておく事にした。

    ID(データ重視)野球
     元祖・野村克也監督の解説によると、「ID野球」とは“Import Data”、つまり「データ重視」であるという。“Import Data”はコンピュータ用語では、自分のシステムにデータを他から取り込む事を云う。“Import”の元々の意味は勿論、貿易用語の「輸入」である。“Important”と云う形容詞があるので一寸勘違いし易いが、“Import”に「重視する」という意味は全く無い。明らかな誤訳である。
     しかしここは「重視」でなくてはならない。「データ取り込み野球」では、全く迫力が無い。「データ重視」この短い言葉に、彼の野球に対する基本姿勢が凝縮されている。野村克也は努力では王貞治に、才能では落合博満に劣ると云えなくもない。しかし選手としての通算成績も、監督としての実績も、宿敵「ひまわりの長嶋茂雄」を遥かに凌駕した。「月見草の野村克也」の野球人生が、「データ重視」から生み出されたと云ってもいいだろう。

    5 Comments »
    1. 面白い話題提供を読み、和製英語について一言書きたくなりました。
      “karaoke”は戦後日本の大ヒットだと思います。英語を母国語とする国だけでなく、東南アジアに出張する度に、その知名度に驚かされました。”sushi”も健康食として知名度が向上しています。大変結構な事だと思います。来日した米国技術者に”coaxial cable”(同軸ケーブル)だと説明して理解してもらった頃の苦労は、昔話になりました。
      囲碁も”go-game”として国際的になり、各国に協会が設立され、国際試合も盛んになりました。「人間が発明した最高の知的ゲーム」と言った人がいますが、コンピューターも暫く人間には勝てないでしょう。パンダネットで世界中の人達と楽しむことが出来ます。
      ところで、囲碁用語は、殆どが日本語をローマ字にそのまま置き換えてあります。しかし英訳した方が判りやすいものもあります。
      タケフ(竹節)=banboo joint
      サルスベリ=monkey jump
      正確には monkey slide だと私は思うのですが、植物のサルスベリと掛け合わせてあると言われています。
      シチョウ(征)=ladder
      これは、ladder の方が判り易いが、も少し正確な英訳は無いかと思います。”シチョウを知らずに碁を打つな”と言われていますが、日本人にも理解し難い日本語です。
      囲碁の元祖である中国では
      花六=葡萄六
      であるとグーグルで見ましたが、これはどちらも漢字であり、意味も図形から直ちに判ります。表意文字の良さでしょう。
      こうなると囲碁用語も国際標準化が必要になりそうです。

      コメント by 大橋康隆 — 2009年6月29日 @ 22:15

    2.  英語の翻訳でも、明治の人はちょっと違った味があったような気がします。
       数学の訳語で、function を「函数」と訳したのは、函という字の音合せをしながら、函数の本質みたいなところを漢字で表現しようと努力した痕跡が見られます。いま使われている「関数」も悪くはないけれど、明治の人の方が、一枚上だと感じます。
       また、derivative を「導来函数」とやったのには、拍手喝采したいところです。それなのに、今は、「導関数」と短くして、明治の人の技とユーモアを無にしてしまったような気がします。
       僕の専門外だけれど、最近のディジタル屋の「ブロードバンド」なんてのは、どうして、昔からあった「広帯域」という表現を使わないんでしょうか? やっぱり「牛乳」と「ミルク」は違うのでしょうか。
       それにしても、近頃の、カタカナ趣味の横行は、日本人の言語表現力と情緒の貧困化と関係があるのでしょうか?
       

      コメント by 武田充司 — 2009年7月1日 @ 22:26

    3. 大橋武田両兄から興味深くその上示唆に富んだコメントを寄せて頂いた。大変光栄である。
      大橋兄は囲碁を例にとり、日本文化の海外進出に伴って起こる日本語の外国語化の問題を提起された。日本語そのままの場合、翻訳の場合、或いは新しくその国の言葉が作られる場合等が起こりうる。日本的経営が幅を利かせていた頃、「Ringi」とか「Nemawasi」「Tate-society」などが、向こうのエリートとの会話で話題に上った。根回しを「ルートなんとか」と云われたり、縦社会を「longitudinal society」と云われたりした。英訳もあったようである。
       武田兄のコメントは、外来語をどの様に日本語に取り入れるか、という問題である。私もカタカナは必要最小限にするのが良いと思っている。しかし専門用語だと、難しい事も起こってくるのではないか。我々に身近な電波の例でも、昔は長波、中波、短波で済んでいた。技術の進歩に従って、超短波、極超短波、と中々趣のある用語を作りだしたが、最後はマイクロ波、ミリ波で済ましてしまった。素粒子論でも陽子、中性子、中間子位までは良かったけど、遂にはクオークとカタカナになった。
       カタカナの専門用語が多い分野と比較的少ない分野とがあるようだ。コンピュータ分野は最初からカナだらけである。武田兄ご専門の原子力の分野は比較的カナが少ないようにみえる。しかし「プルサーマル」は頂けない。この語源は本当に「プルトニウムを熱中性子、つまりサーマル・ニュートロンで核分裂させるから」なのでしょうか。

      コメント by 寺山 進 — 2009年7月4日 @ 21:14

    4.  寺山さんのコメントに出てくる「プルサーマル」というカタカナ熟語について、原子力屋として、ちょっと長い「補足」だか「蛇足」だか分からないものを、以下に書きます。
       戦後、日本に原子力が入ってきた時の紹介者の草分け的存在の大塚益比古さんは、グラストン・エドランドの「原子炉の理論」の翻訳で、実に注意深く立派な日本語を駆使して、平易で正確な訳本を作って下さったのですが、その後、原子力も進歩して、というか、複雑多岐になって、寺山さんの言う通り、カタカナ熟語が増えてきました。
       問題の「プルサーマル」もそのひとつかも知れません。原子炉の燃料の大部分は、核分裂しないウラン238ですが、これが原子炉の中で、中性子を吸収するとプルトニウム239という核分裂をする燃料に化けます。そして、そのまま原子炉の中で核分裂して燃料として役立っているのです。実際、原子炉から出る熱の2~3割はこのプルトニウムからのものですから、原子力発電というのは、そもそも、ウラン・プルトニウム発電なのです。
       しかし、燃料をあまり長く使っていると、核分裂でできた軽い原子が増えて、これが無駄に中性子を食って、連鎖反応を妨げるようになるので、いい加減なところで、燃料を取り出して、新しいのと交換します。しかし、この古い燃料には、燃え残ったプルトニウムが相当含まれているので、これを化学処理してプルトニウムを取り出して、燃料として再び原子炉に入れて使おうというわけです。
       今のところ、世界の原子炉の殆どは、軽水炉と呼ばれる「熱中性子を利用して核分裂の連鎖反応を進める炉」ですから、結局のところ、これは、取り出したプルトニウムを再び、もとの熱中性子炉(サーマル・リアクター=Thermal Reactor)に使うので、ここから「プルトニウムの熱中性子炉(軽水炉)利用」を縮めて「プル・サーマル」と言ったわけです。
       これだのことを「プルトニウムの軽水炉利用」という日本語で括るのも一手ですが、「これでは、どうもしっくりしない、厳密に言い表していない、誤解されそうだ」という専門家気質が災いして、それなら、いっそうのこと、始めから意味不明の記号のようなカナ文字にしてしまって、その定義(?)を解説したらどうか?・・・というわけです。これは「僕の作り話」ですが・・・分かって頂けたでしょうか。
       どこの業界でも、最近の急速な技術進歩と複雑化で、こうした現象が起っているのではないでしょうか。原子力屋は、だいぶ前から、プルトニウムとは言わず、「プル」と言ってます。これぞ業界用語の最たるものかも?

      コメント by 武田充司 — 2009年7月5日 @ 21:34

    5. 小生でも分かる解説、有難う御座いました。まだ教えて頂きたい項目もありますが、キリがないのと、ブログも更新され、小生が愛読している斎藤・井村・西・諸兄の投稿が揃っていますので、またお会いした時にお願い致します。

      コメント by 寺山 進 — 2009年7月6日 @ 15:23

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