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  • 特異な経験/沢辺栄一@クラス1955

     1990年2月24日放送衛星2号(BS-2)の補完放送衛星BS-2Xが南米仏領ギアナにある宇宙センターからアリアンロケットにより打上げられた。

     しかし、打上げは失敗し、衛星は大西洋に沈んだ。
     NHKは1974年国際無線諮問委員会(CCIR)で研究課題として採択されて以来、ハイビジョンの世界の統一規格の実現を目指していた。NHKで1983年情報量の多いハイビジョンを普通のTV放送衛星で放送できる方式を完成してから、ハイビジョンが世界の規格になれば、普通のテレビジョン受像機以上に将来日本のハイビジョン受像機が世界を席捲してしまうことを恐れ、米国を初め、ヨーロッパ政府は世界規格にすることに反対した。特にフランスでは当時の大統領ミッテランが欧米諸国の大統領、首相を直接訪れ、ハイビジョンに反対するよう説得に回っていた。
     このような状態の時に、BS-2aが100W TWTの故障等によりBS-2bのみが正常に動作していた。1衛星のみでは実用衛星放送としての安定なサービスが保てなくなる可能性を危惧して、それまでの国の宇宙計画によらず、宇宙開発委員会の了承を得てNHK独自で安定運用のために補完放送衛星を早急に打ち上げることとした。
     
     NHKは色々と調査、検討し、GEから安価に、早期に放送衛星を調達することが出来た。打上げロケットも日本のN-Ⅱロケットでは日本の宇宙計画外なので間に合わず、当時最も信頼性の高かったフランスのアリアンロケットに打ち上げてもらうことになった。アリアンロケットは普通の衛星2台を同時に打上げる能力があり、当初、別の国の衛星と打ち上げられることになっていた。同じ時期に宇宙通信株式会社の通信衛星も米国のフィルコ・フォード社で製作が進んでおり、NHKの打上げ予定より二つ前のアリアンロケットで打ち上げが予定されていた。しかし、いつの間にか宇宙通信株式会社の通信衛星とNHKの放送衛星が同じアリアンロケットで打上げられることになった。つまり、日本の衛星だけを打上げるロケットになった。 
     ギアナには米国フロリダのオランドから飛行機で入ったが、その飛行機内でも、打上げ前3回あったパーティでも必ずワイングラスが壊れた音が何回も聞こえた。打上げ前夜のパーティでGEの責任者に打上げ前チェックを十分にしてくれと云ったところ、打上げはフランスの手の中にあり、GEは何も出来ないと云われた。パーティが終り、寝るためにホテルの部屋に戻ろうとしたが、パーティの前には正常であったNHKの打上げ立会者の部屋に通ずる廊下の扉が倒れていた。縁起を担ぎたくなかったが大変いやな気分になった。
     
     ミッション・コントロール・ルームで打上げの様子を眺めていたが、ディスプレイ上での打上げ軌跡が途中で止まったままとなり、しばらくたって推力が低下したためロケットを爆破した旨のアナウンスがあり、打ち上げが失敗した事を知らされた。

     その後の会でアリアン側からは一言も申し訳ないという言葉は無かったし、個人的に話をしたフランス大使館の代表からはいずれにしても日本はアリアンロケットしか使用できないから仕方が無いと言って、発生した事故の弁解、謝罪はなく、事故に対しなんとも感じてない事のようにしていた態度に怒りを感じた。
     後日、アリアン社が失敗の原因説明にやってきた。海底から引き上げたロケットの残骸から、ロケットの冷却パイプに雑巾が詰まっていた事が分かり、これが推力低下の原因であった旨報告があった。信頼性チェック、品質管理に最も重点を置き、作業の後、品質管理担当者が必ず正常を確認する宇宙機器開発、製造の常識では全く考えられない作業結果であり、我々を全く馬鹿にした報告であった。私は日本の衛星を意図的に同じロケットに集め、打上げを意図的に失敗させるために故意に雑巾を詰め込んだのだと推測した。
     ロケットは一般的に打上げ成功率が90%以上あれば良いとされているので、それまでの打上げ実績が良いことからして、ここで一回失敗してもロケットの打上げ実績には影響なく、また、打上げには保険が掛かっており、フランスは経済的には殆ど損害を被る事は無い。再度打ち上げを依頼されれば儲かるくらいであった。BS-2ではハイビジョンの放送も計画されていた。

     この失敗はハイビジョン放送を少しでも遅らせたいフランスの政治的な意図、行為であり、経済、政治には関係ないNHKが経済戦争に巻き込まれたものであると思った。また、ハイビジョンの仇を衛星でとられたとも感じた。
     
     この経験で文化を標榜するフランスでもこのような汚い無法な行為を行うのであり、国際社会の各国は自国の国益を優先し、日本のように良い国は無く、殆ど無法に近い状態であることを知り、他国との協力はしても、基幹部分は他国に頼らず、自国でまかなえる状態にしておかなければならない事を学んだ。今、国は食料、エネルギー等自立できていない問題の将来計画、戦略を早急に考え、実行する必要を感じている。
     おわりに、1994年のBS-3の時代になって補完放送衛星は成功した。また、2000年にやっとNHKの提案したハイビジョンは世界の統一規格として世界に勧告化ができたことを付記する。

    2009.1.28

    2 Comments »
    1. 大した海外経験もない僕にも、このような話(経験)は、実によく理解できます。本当に、国際社会での付合い(仕事)は大変ですが、憤慨したり、嘆いたりしてもしょうがないので、頑張りましょう。特に、これからの若い世代には、大いに頑張ってもらいたものです。それには先ず、敵(少々不謹慎ですが)を知ることが第一です。

      コメント by 武田充司 — 2009年2月9日 @ 11:47

    2. そう言う事だったんですか。やっと判った様な気がします。
      私とハイビジョンの付き合いは当時の藤尾研究室で実験画像を見せて頂いた時に始まり,そのずば抜けた画像に驚嘆し早速研究協力をさせて頂きたいとお願い致しました。1982年アイルランド,キラニーのEBU総会でハイビジョン・デモをやるので協力して欲しいと依頼を受け65インチの前面投射型ハイビジョンセットを本当に手作りででっち上げ会場に持ち込みました。幸い良好な画像を出す事が出来好評を頂きましたが,その頃から藤尾さんが対欧州勢,対米国勢を相手に大変苦労されているお話しを良く伺いました。
      何しろ欧州勢特にフィリップス等は大した技術を持っている訳でもないのに自尊心が強く大変な自己主張をします。彼等を相手に渡り合うのはただ事ではない事は端で見ていてもよく判りました。ただここで率直な感想を述べる事をお許し頂けるならNHKは国内ではNHKの意向に従ってベクトルを揃える事は容易と言うよりもむしろ当然であったのに対し,海外ではこの手法は全く通用しないばかりかむしろ反発を招く結果になると言う事をもっと良く認識しておくべきだったのではないかと言う気がします。(もし言い過ぎた事があればご容赦下さい。)
      何れにしても今やハイビジョンは世界中で認められ広く用いられる様になった事は大変喜ばしい事だと思います。
      それにしても衛星まで落としてしまうと言う欧州のやり方恐るべし!

      コメント by 山崎 映一 — 2009年2月12日 @ 10:09

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