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  • 万年時計のからくり/斎藤嘉博@クラス1955

     東の空が白んで日本橋本石町の鐘が鳴る明け六つで仕事に出かけ、日ガ暮れて一番星が見えると暮れ六つの鐘が鳴って家に帰る。


    万年時計.JPGまことにエコな江戸時代でしたが、困ったのは時計屋さん。夏至と冬至では一刻の長さに1.5倍の開きがあるのですから、どのようにこの不定時法に応じた時計をつくればよいのか?しかし職人の智恵は、文字盤を月に二三度取り替える節板式尺時計、文字盤の文字の位置を動かす割り駒式尺時計、昼夜で針の動く速度を変える二挺てんぷ時計(櫓時計)などを創りました。
     この種の和時計数十点が科学博物館、日本館の一階に展示されていますが、その頂点に立つのがからくり儀右衛門こと田中久重さん製作の万年時計です。彼は歯車に工夫をするだけで、「春夏秋冬昼夜ニ長短ハ加減スルニ及バズ」と季節と昼夜の長さに自動的に追随する文字盤を作り上げたのです。今から百五十年前の1851年。まだコンピュータのない時代でした。
     この時計は上部に太陽と月の運行を示すからくりもあり、科博の大切な目玉展示の一つになっていますが、台座に七宝、蒔絵、螺鈿など当時の美術工芸の粋を尽くしているところにも大きな価値があります。からくり儀右衛門さんは、このほかにも茶運び人形、弓曳き童子、日本最初の機関車模型など高度なあそび心を持ったからくりを沢山作りましたが、やがて京都に田中製作所を創ります。
     これが現在の東芝の前身。東芝には沢山の先輩、友人、後輩がおられますが、その一人大曲さんが、このブログを立ち上げる技のかたわら、写真展に美の入賞をされたというのも、久重さん以来の伝統と血が継がれていると言ってもいいのでしょうか(少し担ぎすぎかな)。
     
     昨年12月、科博がボランティア制度を始めて20年の記念日に、小生は白いヒゲで着物姿の田中久重に扮して万年時計の解説を担当しました。大野さん提唱のIEEE milestone に登録していただくにはちょっと古過ぎるでしょうが、是非皆さんにこの時計を見ていただき、当時の智恵と技のすばらしさを知って欲しいと思います。
    (万年時計は地球館の2階に展示されています)

    3 Comments »
    1. “担ぎすぎて”頂き恐縮です。
      所で、万年時計のことをテレビで見た記憶があったので調べたら録画したDVDが残っていました。2005/4/23放映のNHKスペシャル「万年時計の謎に挑む」で、愛知万博に万年時計の復元モデルを展示しようと現代の技術者と職人の集団(総勢100人)が挑む話です。難関の一つが和時計の文字コマを夏至から冬至の間で往復運動させるメカニズムの解明で、本物を分解したらカブトムシのような奇妙な形の歯車(虫歯車と名付けられた)や、歯が円周の半分しか付いてない奇妙な歯車が一対逆向きに付いた軸などが現れ、一同思案投げ首。模型を作って周辺の歯車群と共に動作させた結果このメカニズムの謎がやっと解け、着想の奇抜さに驚嘆させられたそうです。
      もう一つの難関は、7つもの装置から構成されている万年時計を1年間動かすための強力なゼンマイで、本物は2ミリ厚の真鍮の板(長さ3.7m)を巻いたものが使われており腕利きの刀鍛冶に作らせたとのこと。台座の中に4個収められています。復元を担当した大学の先生がその方面の技術を持っていると思われるメーカーに協力を依頼した所うまく行かず、結局真鍮での再現は諦め材料をステンレスに変えてやっとどうにか動くものが出来たそうです。
      田中久重が万年時計の構想を練り始めたのが48才の時で、まず時の概念や天体の動きを学ぶことから始めて完成は3年後。その間文字通り寝食を忘れて(弟子の記録によると睡眠時間は1日2~3時間だった由)この仕事に没頭したと伝えられています。150年もの昔にこれほどのすごいモノを着想し、しかも殆ど一人でまとめ上げた“東洋のエディソン”に改めて敬意を表したいと思います。

      コメント by 大曲 恒雄 — 2008年10月13日 @ 10:08

    2. 詳細な補足をありがとうございました
      この精巧なからくりには全く驚かされます

      コメント by サイトウ — 2008年10月13日 @ 22:39

    3. 僕は、田中久重の伝記を、小学生のとき読み、とても感動したことを、今でも鮮明に覚えています。そのとき、万年自鳴鐘のことや、からくり人形のことなど知りました。あの本は、小学生向けでしたが、分厚い本でした。今の子供たちには、ああいう固い書きぶりの本は受けないかも。
      ところで、西洋式の不変時間尺度より、江戸時代の不定時間の方が自然で、人間生活に合っているので、合理的だと思います。西洋人は、絶対に拘って、絶対を追及したら、絶対座標など存在しないという、相対論の結論に到達したのですから、皮肉なものです。
      また話題変更ですが、先日、ついに、大宮の鉄道博物館に行ってきました。孫を連れて行ったのです。感想:遊園地的な乗り物や、素晴らしいシミュレーターを使った体験施設などの部分(あえて遊園地部分と言わせてもらいますが)と、もう少し伝統的な展示部分(博物館部分)との2つのパートから出来ているなと、思いました。僕は、「往復運動が円運動に変換される仕組み」とか、「モーターの回転方向変える歯車仕掛け」とか、「何故、機関車の動輪には三日月型の重しが付いているのか」とか、機械装置に興味を持たせるには良い所だと思いました。確かに、電気屋には物足らない展示でしたが。

      コメント by 武田充司 — 2008年10月21日 @ 19:22

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