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  • 綺麗すぎる経歴の罠/竹内健

    電気系工学専攻の大学院の特別講義という授業では、企業や他の研究機関で活躍されている方々に講師をお願いし、企業の最新技術などについて講義をして頂いています。昨年の1月の特別講義では私がホスト役を務め、MeidaTek社の國土晋吾さんに講義をして頂きました。國土さんにはNuCORE社という画像処理プロセッサを設計・販売するベンチャー企業をシリコンバレーで起業された話をして頂きました。講義の中で、アメリカでエンジニアを採用した時に、華やかな成果が並んでいる綺麗な履歴書の人は役に立たない人ばかりだった、という話が大変興味深く、学生の質問もこの点に集中しました。

    そもそも私が國土さんと知り合ったのは、2001年~2003年にスタンフォード大学のビジネススクールにMBAを取るために留学していた時なのですが、ビジネススクールでも國土さんが指摘された、きらびやかな業績が列挙されている履歴書の人が多く居ました。2年おきに仕事を変えて、「売上1千億のビジネスを立ち上げた」というようなゴージャスな経歴が並んでいるのです。留学時点では私は東芝に勤務しておりましたが、東芝ではフラッシュメモリというたった1つの製品を生み出し、社会に普及させるのに、15年も悪戦苦闘していたので、ゴージャスな経歴の方々を見るとすごい人も居るんだなと感心していました。ところが、このよう方々と深く付き合っていくうちに、綺麗すぎる経歴の人は、過去何もしてない、そして今も何もできない、ということがわかってきました。ビジネススクールですから、技術者のみならず様々な職種の人が居るのですが、どのような仕事でも、困難を乗り越えるには試行錯誤が必要で、2-3年で成果が出る仕事など無いのです。適切でない例かもしれませんが、例えば官庁に勤めれば、2年おきに国を左右する法律の立案をした、大臣の補佐をやった、サミットを仕切った、というような、輝かしい経歴を履歴書に書けるでしょう。しかし、実際には「ゴージャスに見える成果」のほんの一部を担当しているのにすぎず、その人が仕事を通じて何を学び、何ができることになったかというと、自分で自覚を持って特定分野を掘り下げようとしないと、下手すると何も身に付かなかった、となりかねません。

    翻って日本の学生の就職動向をみると、エンジニア離れが進み、コンサルティングや商社、金融などが人気があるようです。私もLSI回路設計の研究を仕事にしつつもビジネススクールに行ったためか、学生さんを含め若い人から、技術だけに没頭して良いのか、マーケティングの仕事をしたい、MBAを取りに行きたいと相談を受けます。技術を極めながら、マーケティングや金融など幅広い知識を持って「T字型」人間を目指すのでしたら素晴らしい。しかし、若い時に技術を深めつつもマーケティングや金融まで様々な分野のスキルを短い期間で身につけることは実際には不可能です。では、20代で何をすべきでしょうか?

    私は学生や20代の人には、是非若い時にしかできないこと、理系でしたら技術を極めて頂きたい。私もビジネススクールに留学したのは33歳の時で、それ以前は技術開発に没頭していました。フラッシュメモリの技術開発に没頭していたからこそ、開発した製品がなぜ市場に受け入れないのだろう?という疑問が湧き、ビジネススクールに留学する動機になりました。ビジネススクールの留学でわかったのですが、ファイナンスや経理などの知識は年を取ってからでも身に付きます。またこのようなビジネスの知識は社会の多くの人が持っています。MBAを目指したりコンサルティングや商社を志向する若い人は、技術などの特定領域の強さ(Tの字の縦棒)が無い状態で、焦って「綺麗な経歴」を目指しているようにも見えます。技術のような武器を持たずに、金融やマーケティングのようなスキルだけで社会の中で自分を差別化できるのでしょうか。是非、20代は綺麗な経歴には惑わされず、技術のような若い時にしかできない強みを身に付けてもらいたいと思っています。このように日々キャンパスで感じていることを竹内研究室のブログ(http://d.hatena.ne.jp/Takeuchi-Lab/)に掲載しています。

    竹内健:工学系研究科電気系工学専攻・准教授)

    1件のコメント »
    1. 国土真吾さんをWeb検索していましたら、竹内様のブログに出会い、同感ということで、ついコメントを書きました。  1998年春、国土さんとはサンフランシスコから成田へ帰る飛行機の中で知り合いました。 
      東芝のフラッシュメモリがあるから、東芝半導体が生き残っていると推察していますが、商品化に至るまで時間がかかったとのこと、励まされました。 中山

      コメント by 中山光雄 — 2011年11月1日 @ 10:06

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