異文化体験のすすめ/藤田博之
スピーチの最初に、アメリカ人はジョークを飛ばし、日本人は言い訳から始めると言われるが、今回は小話から始めてみたい。 ――― 大時化の海上で、イギリス人、フランス人、イタリア人と日本人を乗せた船が難破して沈没寸前になった。助かる望みはただ一つ、荒波の海に飛び込んで彼方に見える島まで泳ぐことだ。しかし、逆巻く波のすごさにすくみあがって誰も飛び込まない。そこで老練な船長がイギリス人に言うには「女王陛下のご命令です。飛び込みなさい!」イギリス人は飛び込んだ。フランス人には「貴国の大統領が、海難の時は絶対に海に飛び込んではいけないという声明を発表したとの連絡がありました」フランス人も飛び込んだ。イタリア人には「噂によるとあの島にはとびきりの美人が一人で住んでいるらしいです」もちろんイタリア人は飛び込んだ。残った日本人には「ホラ、みんな飛び込んでいますよ!」
お国柄を笑いの種にする、こうした小話はたくさんある。人類みな同じなのだけれど、やっぱり国によってちょっと違う、そこを軽妙に突いているわけだ。皆さんも、この話を含めていくつか知っておられるはずである。では、本当はどうなのだろう?実地にこんな違いを経験したことのある人は、小話を知っている人より少ないかもしれない。単に観光旅行に行く程度では、名所旧跡は見物できても、なかなか現地の人の考え方までわかるものではない。深い異文化体験をするには、やはり、皆さんの得意の分野に関して、みっちりと語り合ったりする機会が必要である。
例えば、研究者であれば次のようなチャンスがある。まずお手軽なのは国際会議である。ポスター発表や口頭発表の質疑応答などで知り合いになった研究者と、昼食の席やバンケット会場でいろいろと話をする。会場では自分たちの研究内容を議論するだけだが、もっと広い話題について砕けた会話するなかで、いろいろの発見があるかもしれない。国際会議に参加すると、往々にして日本人テーブルを作り固まっている場面を見かけるが、積極的に違う国の人々と話してこそわざわざ国際会議に出た甲斐があるというものだ。次のステップとして、自分で海外の研究室を訪ねて、自分の成果を話して反応を聞いたり、相手の研究室の最新研究テーマや実験設備について習ったりすることも面白い。特に、複数のテーマが全体としてある方向に向いているのを感じ取り、その選択にいたった基本の考えや最新の研究動向の認識を推し量ることが勉強になる。また、研究室の会議や設備などから研究の進め方の違いも分かるだろう。電気系の「セキュアライフエレクトロニクス」グローバルCOEでは、海外武者修行プログラムと称して、大学院生がこのような海外研究室めぐりをすることを奨励している。さらに次のステップでは、長期の海外留学がある。この時に注意する点は、自分のなすべき任務をきちんと把握し、限られた留学期間に国際的に高く評価される成果を挙げることである。先方の積極的な関与も必須であるため、双方が真剣に取り組む計画をあらかじめ設定しておかなければいけない。漫然と「お客さん」として滞在しても、効果は少ないであろう。
しかし、海外に行くばかりが国際経験を積む手段ではない。日本に国際的な研究の場を作って世界の研究者が集まるならば、日本にいても異文化と出合い、それを理解することが可能となる。例えば、筆者の所属する生産技術研究所マイクロメカトロニクス国際研究センターでは、フランスを中心にスイス、ドイツ、フィンランド、韓国、カナダなどの海外の大学・研究機関とグローバル研究連携ネットワークを作り、研究情報交流と研究者・学生の交換を行っている。こうした環境では、英語による研究発表と討議、国際常識に基づく研究室運営(時には日本の常識が世界の非常識であることも経験できる)、学内外での多国籍飲み会など、日本に居ながら異文化の体験が得られる。また、年に一度上記のネットワークに所属する大学・研究機関から大学院生を招いて1週間のMEMSスクールを開催している(写真を参照)。著名な先生の講義を聞いたり、多国籍グループで実験(AFM作成とDNA抽出・分析の2回)したり、皆が楽しみながら仲間ができるイベントである。
日本の研究環境が諸外国に比べて遜色がなくなり、文書化された海外情報はインターネットで瞬時にして得られる状況においても、やはり生身の外国体験は貴重であり、自身の飛躍的な成長の契機となる。ぜひ、井の中の蛙とならずに広い世界と積極的に関わり、大きな人物に成長していただきたい。
(藤田 博之:生産技術研究所・教授)
藤田様 お元気そうで何よりです。マイクロマシンの世界での更なるご活躍に、期待しております。
コメント by 大越映徳 — 2014年7月31日 @ 09:27