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  • “ゆらぎ”が繋ぐ生命とエレクトロニクス/田畑仁

    最近、おなかの周りが少々気になりはじめた為、朝の通勤時に2駅ほど前から下車して、研究室まで30分程度歩くようにしている。その際、重宝しているのが携帯ラジオである。単調になりがちなウオーキング時の間中、様々な情報をリアルタイムで提供してくれる。しかし遮音性、ノイズキャンセル機能などの無い普通のイヤホン付きのラジオであるためか、これが非常に聞きづらい(以前、このコラムで紹介されていた菊池先生ご使用の高価なヘッドフォンならば問題ない?)。車のエンジン音、クラクション、工事の音、荷物搬入等々。かなり音量を上げても、ラジオの音声はよく聞きとれない。騒音、雑音、喧噪・・・我々のまわりには如何に多くの”雑音“があるかを、改めて感じさせられる。

    しかし、本郷キャンパスに足を踏み入れた途端に、突然ラジオの音が明瞭に聞こえてくる。かなり音量を下げないと、ラジオの音量で耳の奥が痛くなるほどであり、街中の歩行時に如何に大きな音量にしないとラジオの音声が聞き取れなかったのかと驚かされる。と、同時に本郷キャンパスがどれほど周りの喧噪に対して静寂の環境を提供してくれているのかを、認識させられる。

    ところで、生物界(バイオの世界)では、この我々の生活に不可避の“雑音(ノイズ)”を、“ゆらぎ”として極めて有効に利用している。ヘラチョウザメの鼻の先端部、コオロギの尻尾の付け根の体毛が絶えず周りの環境の“ゆらぎ”(温度、音、圧力など)を積極的に利用して、餌を捕獲したり、天敵のスズメバチの羽音を極めて高感度にキャッチして退避行動をとるのである。むしろ適度な強度のノイズ(ゆらぎ)が存在する方が、信号検出感度が向上するのである。

    この物理現象は「確立共鳴」と呼ばれ、熱力学的運動方程式ともいえるランジュバン方程式のノイズ項として、熱ゆらぎ項に繰り込まれている。このように、一般に悪者とされている“雑音(ノイズ)”、が、バイオの世界では極めて有効な信号であり、まさに究極の省エネ、生物の智恵である。

    現在のコンピュータは、ノイマン型プロセスによりブール代数を解くという明確な目標設定のもとで決定論的にexp(200kBT/kBT)という膨大なエネルギーを利用して、エラーが1/1080にまで抑え込まれて決定論的に動作している。一方、生物においては、exp(10kBT/kBT)程度のエネルギーを利用して、その確度は1/104程度であるが、“あいまいさ/ゆらぎ”が本質な役割を果たし、状況・環境変化に応じて目標が変化する自律型である。コンピュータでは悪者である“あいまいさ/ゆらぎ”が、バイオの機能発現には本質な役割を果たしている。私自身は、このような生体の持つユニークな“ゆらぎ”機能を活用する事で、エレクトロニクスの新しいパラダイムの開拓できればと思っている。機能性酸化物をベースとした機能調和人工格子や、磁性体や、強誘電体における物性“ゆらぎ”としての、スピングラス、双極子グラス(リラクサー)材料を開発して、相共存と“ゆらぎ”が引き起こす新規物性と、柔軟でしなやかなバイオ固有の機能をエレクトロニクスに組み込んだセンサ、メモリ研究を実施中である。

    バイオが有する神秘的な機能を学び、これらを活用したエレクトロニクスの新しいパラダイムの構築を目指していきたいと思いつつ、今日も“ゆらぎ/ノイズ”に囲まれて生活している。

    (田畑 仁:工学系研究科バイオエンジニアリング専攻・教授)

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