継続は力なり/金田康正
2007年6月に放映されたNHKスペシャルで、西暦578年創業の世界最古の企業「金剛組」(本社大阪府。http://www.kongogumi.co.jp/)が紹介された。そのような類い希な企業が日本に存在することをその時初めて知って驚いた。飛鳥時代の第30代敏達天皇六年(578年)に、時の聖徳太子から四天王寺建立の命を受け、百済の国から呼ばれた3人の工匠が同社の創業者である。
同社が創業されたのは、欧州大陸が西暦476年の西ローマ帝国の崩壊から1世紀を経てなお立ち直れず、混乱の日々を送っていた頃。随の文帝が中国を統一したのは同社の創業11年後。その34年後には随は滅び唐が建国。まさしく歴史の教科書で学ぶ時代での生誕である。
四天王寺は奈良時代初期に完成し、それ以降現在まで日本最古の仏寺となっている。同じく聖徳太子の命により、我が国が世界に誇る法隆寺も金剛組によって創建されている。四天王寺と法隆寺、日本建築を代表するこれら二大歴史遺産を築いた工法は、今もなお金剛組の<組み上げ工法>の中に脈々と生きている。釘や金物に頼らない先人の知恵、即ち木と木がしっかり繋がり合って力を伝えバランスを保つ知恵は、伝統技術に裏づけられた継手・仕口加工にある。これが地震多発国日本における今日の文化遺産を受け継ぐ源となっていることは周知のとおり。
14世紀以前の創業の会社となると100社近くある。また200年以上だと3000社以上(他のアジアの国には10数社、北米では10数社)、ドイツではそれが800社、オランダでは200社ときく。100年以上となると日本では10万社以上になるとのことで、これらの数字からみても日本が群を抜いている。なぜこのような状況になっているのか、その原因を考えてみる価値はあろう。通常と異なる事象というのは、物事の理解を進める上での貴重な「とっかかり」となるからである。
NHKの作品でもう一件、2007年11月の再放送(【知るを楽しむ、この人この世界】虫になりたい)の一部を見た。これは昆虫写真家として知られている栗林慧(くりばやし さとし、 http://www.kurivision.com/)の昆虫写真撮影に関する長年の活動と、撮影した写真や映像を中心に構成されている8回分の番組である。彼の作品を初めて見たのは10年以上前、ある写真月刊誌に掲載されたカマキリの超拡大写真であった。まず最初に、どのようにして撮影したのであろうかという疑問を持ったが、この再放送を見ておおよそのことが判明した。
彼は1968年からこれまで、コツコツと専用の撮影機材(高速カメラ、超接写カメラ、短時間発光ストロボ、無超被写界深度接写レンズ、1/5000秒超高速シャッターを実現する光センサー方式の自動撮影装置、医学用の内視鏡の改造して作った地上高2mmでの撮影を可能とするロッドレンズ等々)の開発を行っていただけでなく、狙ったタイミングで昆虫の生態を撮影するために自然観察を注意深く行って撮影のタイミングを計る等、持ちうる叡智を全て使って取り組んでいたのである。その結果、新しい発見(たとえば、蛍の卵も、幼虫も成虫と同じく光る)も少なからずあったと思われる。しかしこれらの発見が学会で正当に評価されているのかどうかは、残念ながら分からない。
特殊な集団による評価の有無は別にして、これまで40年近くの長期間、興味の対象にのめり込み取り組む彼の姿勢は我々にとって学ぶべき点であることには間違いない。数多くの実体験が次なる発見や発明・改良の原動力であろうと思う。短期の評価が主流になってしまっている現在、物事に打ち込み続けるだけではなく、実際に自分で手を下してそれをものにすることは今日では非常に困難になっている。しかし私の経験からしてそれに比例(もしかしたら指数的に)して面白い発見があることの想像はそう難しいことではない。
さて東大は今年は創立130周年記念の年で(100周年あるいは150周年というのではなく、130周年というのはどの程度の記念となる数なのか…)いろいろな記念行事が行われているのは周知のとおり。その記念事業の一環として、2007年11月17日に本郷の大講堂において、本学と朝日新聞社の共催によるシンポジウム『大学の試練と挑戦-日米欧のトップが語る』が開催された。
このシンポジウムに合わせて来日していた英国ケンブリッジ大学のアリソン・リチャード学長(正式な肩書きは副学長、Vice-Chancellor。名前からは男性のように感じるが女性。本当の学長、Chancellor、はエディンバラ公爵フィリップ王子殿下、His Royal Highness The Prince Philip, Duke of Edinburgh。ただし殿下は象徴的存在。エジンバラ大学の学長でもある。日本の副学長職の肩書き名は Pro-Vice-Chancellor)が、英国大使館で行ったスピーチで知ったのは、ケンブリッジ大学は1209年創立とのこと。実に来年(再来年?)が800年の節目の年となる。さすが2005年10月現在ノーベル賞受賞者数は81名にのぼり、世界の大学・研究機関では最多(内卒業生の受賞者数は59名とのこと)を誇る大学だけのことはある。そういえばある時、ケンブリッジ大学の知人が「ケンブリッジ大学の各カレッジの同窓会名簿は大変に充実している」と話していたのを思い出した。東大とケンブリッジ大学の一番の違いは、案外ここ(大学かカレッジか)にあるのかも知れない。
何であれ変化すること/変化させることが大事と考えている人が少なからずいるようであるが、実は変化させないことの方が大切なのかも知れない。
栗林氏の撮影した写真を貼付すべく、フリーの映像を探してみたが、それは出来なかった。Webで確認するしか方法はなさそうである。代わりの写真は、2007年3月末に増強された、これまでの約3倍の性能を有する並列型スーパーコンピューター HITACHI SR11000/K2。導入後4年間使用することになる。
(金田 康正:情報基盤センター・教授)