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  • 日本の夏、フランスの夏/三田吉郎

    夏である。

    こちらフランスの夏といえば、何といってもバカンスである※注1。学校はそろって7月1日から8月31日までお休み。さらに9月が学年の始まりなので宿題は基本的に無し。日本で言えば春休みが2ヶ月もの長ーい期間続くような感覚である。勤めのある両親たちも、例えば「週35時間労働」をまじめに実践する公的機関では普段働きすぎた(!)分が有給休暇として加算されるため、土日を含まずに35日+強制休暇5日で、完全に消化すると8週間のお休みを取ることができる。実際、こちらINRIA Paris-Rocquencourt研究所の所長先生ですら、今朝我々のチームの視察にいらしたときに「8月はお休み」とおっしゃっていたから、上から下までそれなりにきっちり休暇を取っているようだ。

    フランスの庶民はこの長い休みをどう活用しているかというと、家族(共働きなので、普段ゆっくりとふれあう機会は意外と少ない)で一緒にのんびり過ごしたり、しばらく会っていなかった友人と2、3日一緒に過ごして旧交を温める、といった風に、親類縁者でゆったりと過ごすのが普通である。祖父母宅や田舎の別荘(元々曾祖父母の家であることも多い)の他、ジット(gite, 図1)といって農家の一部を長期滞在用に貸し出しているところが五万とあり、1泊120ユーロといった値段で2家族10名がゆったり泊まれ、とても経済的に過ごすことができる。


    図1 ジット(gite)とよばれる長期滞在型借り切り住宅

    余暇の増大、まことに結構なことだが、先週末遊びにいった先生宅(Lisieux近くの小さな村にある別荘)で、実は夏休みの期間が長いのは、「農繁期に大切な人手を学校なんぞに取られることを嫌った農家との妥協の結果」だという説を拝聴した。確かに、フランスの夏は小麦畑や葡萄畑が豊かに実る時期であり、初等教育が義務化できたのはJules Ferry氏による1882年3月28日法だから※注2、貴重な働き手を学校に奪われることに抵抗があったことも十分想像できる。21世紀のフランスの子供たちは120年前の農家の抵抗の遺産で家族と楽しんでいるとも言えるだろう。

    さて、日本の夏といえば海水浴に西瓜に花火大会である(独断)。実はフランスの夏も全く一緒で、西瓜も手に入れば※注3、パリから200km-高速道は130km制限なので、渋滞がなければほんの2時間あまり-ほど走るとノルマンディーの長ーい海岸(図2)に到りつく。1944年6月6日の記憶が残る海岸だが、今では平和なもので、海岸線一杯に人、人、人。道ゆく車も県外ナンバーばかりで、まるでパリが引越してきたかのような印象を受ける。といっても何しろ海岸線がとても長いので、それほどの圧迫感なく好きなだけ海水浴を楽しむことができる※注4


    図2 カブール(Cabourg)の海岸

     フランスは7月14日が革命記念日(ちなみに祝日)なので、13日の夜には、フランス中の町で花火をうちあげて祝う。日本の風物詩だとばかり思っていた花火が、フランスにも「少なくともルイ14世の時期(だとすると17世紀)からの伝統で存在していた」そうで、また一つおどろきである※注5。が、今回Cabourgの町で見た花火にはもっと度肝をぬかれた。

    というのも、日本での経験を思いおこすと、いくら近くても花火が開いてからドンと鳴るまでに1秒はかかっていたと思うのだが、こちらで観た花火は光ってからドンまでが0.3秒なんだか0.4秒なんだか、とにかく「いー」とも数えられないうちに音がドンと来る。頭上一杯に広がる花火というのは初めての経験だった。

    少し工学的に解析してみよう。空気中の音速を340メートルとして、光ってから音がするまでの時間0.3~0.4秒は、直線距離にして100から150メートルに相当する。見上げた角度は首がいたくなるくらい、角度にすると大体45度くらいだったので、筆者-水平線-垂線-花火で直角二等辺三角形が描け、都合、筆者が観賞していた地点(打ち上げ場所に一番近い「カジノカブール」のそば)から高度も水平距離も70~100メートルの点でポンポン開いていた計算になる。花火情報館というWEBページを参考にすると、これに対応すると思われる花火は実は小さいもので、例えば3号玉(直径8.6cm)は大体120メートルまで打ちあがり、開いた直径が60メートルくらいだそうなので、大体記憶と合致する。こうやって解析してみると「なあんだ小さかったんだ」と若干がっかりするサイズである。10号玉(高さ330メートル、直径300メートル) や20号玉(高さ500メートル、直径500メートル)といった大型の花火を打ち上げている日本の花火大会の方が断然規模が大きい。

    ここが実はフランスにいて感じるヨーロッパ流合理主義のあらわれで、「近くに寄ってみれば大きく見えて迫力がある」あたり前の原理を使って、迫力あるスペクタクルを安く楽しんでいるのだとわかる。近よれば危ないに决まっているわけで、実際花火の燃えさしが明るいまま観客の頭上近くまでどんどん落下してくる。研究室の秘書さんに聞くと、結構これで服をこがす人達もいるそうで、それでも平気。日本だったら新聞の地方版記事になりそうな話でも、こちらではニュースのタネにもならないようだ。その心はこれまたヨーロッパ流の自由主義、自己責任主義で、「危ないと言われたら身を守るのはあなたの責任。だれもかわりに心配してくれませんから御自由にどうぞ。」ということになる。そんなわけで、安全距離というのが一応决まっているものの、迫力を求める者共は危険を承知で立ち入り禁止区域近く(さすがに打ち上げ場所には入ってはいけない)までわさわさと押しよせるのである※注6

    一事が万事で、先程高速道路の制限速度が130kmという話を出したが、実は一般道でも町と町の間は90km制限、田舎町では町中も70kmで、細い1車線の田舎道を車が90kmでびゅんびゅん飛ばしているのは「高速道路の経済速度は80km/h」と教習所で習った日本人にとってはとても恐く感じるのだが、曰く「最高速度は最高を决めているだけなので、恐いと思ったらあなたの責任で速度を落としなさい」ということらしい。信号があっても停止線は無く、止まる位置は自分の責任で決める(しくじったら何とかする)ことを実践していることで、無駄な標識や白線の経費節約というメリットを享受しているようだ※注7。自分のことは自分で決める姿勢は、実は子供のころからのしつけにもあらわれていて、こちらでは3歳の子供にも食後のチーズは何を食べたいか※注8、デザートは何が良いか、自分の意見をあたり前のように聞いている※注9。これは日本ではあまり見掛けない姿勢で、むしろ回りが他の人のことを考えることが美徳だと思う。だからこそ日本の工業製品やサービスは細かいところまで行き届いており「世界一」と言ってもよい品質を保っていられるわけだが、かけるコストの勝負で敗けないためには、売り込む先の民族の気質まで考える必要があるものだと気付かされる。

    休暇明けにはおみやげがつきものである(これまた独断)。白状すると、筆者は根っからの「おみやげ魔」で、出張中の家計簿によれば、実に総支出の5~10%がおみやげに消えている。その土地土地のうまいものおみやげものでいつもトランクの中は一杯。単に研究室の仲間の喜ぶ顔が見たくて、好きでやってる。これはさすがに日本風なものの考え方だろうと思っていたのだが、チーム付きの秘書官さんに、「おみやげなどを持ち帰るのは、仲間のことを思ってくれている証拠で、これこそ古き良きフランスのスタイルで、その点あなたはよくフランスにとけこんでいますね※注10」と褒めてもらった。仲間を思う気持が大切なのは洋の東西を問わないということであるし、日本に来ている外国人のことを良く言うときに我々もよく「あの人は日本人以上に日本人らしい」と言って褒めるので、この表現、洋の東西を問わないということのようだ。

    かくしてフランスの夏は過ぎてゆくのである。さて、無駄口叩いてないで仕事、仕事。

    ※注1)念のため断わっておくと、勤勉イメージで売っているお隣ドイツの庶民の方がフランスより年間労働時間が短かいというOECDの統計がある。2006年の統計では年間労働時間がドイツ1436時間、フランス1564時間。さらに脱線すると、日本は単調減少中で1784時間。ドイツより300時間も長い!と見るか、韓国(2305時間)より500時間も短い!!と見るか。

    ※注2)ちなみに、この義務教育を定めた1882年3月28日法に先立つこと半年、初等教育の無償化に関する1881年6月16日法というのが交付されている。先に無料化しておいて、次に義務化というところがアメとムチの使いわけで興味深い。

    ※注3)ただ、西瓜はヨーロッパでも南の方の特産のようで、フランスで先週食べた西瓜よりも、以前ローマやイタリア最南端のシチリア島で食べた西瓜の方が当たり外れが無くとても美味だった。筆者はメロンが大の好物なのだが、こちらはフランスでもイタリアでも上等の味が安く楽しめる。ただ当たり外れは大きくて、外すとキュウリになってしまう。胡瓜も甜瓜も西瓜も瓜なのであたり前か。

    ※注4)もっとも、ノルマンディーの水は地中海よりも冷たく、また気温も20度前半の日が多いので、晴れた日でないと海水浴にはかなりの勇気が必要である。

    ※注5)実はヨーロッパの花火はマルコーポーロ以来(13世紀)、日本の花火は鉄砲伝来(16世紀)以降のものだそうだ。良く考えると、花火の要素は火薬と炎色反応のための金属で、火薬は中国で発明された後世界に広がっていったので、どの国の伝統といってもまあ高が知れているわけ、だけれども。

    ※注6)またまた脱線で恐縮だが、フランス人の気質は東京よりも大阪人に似ていると思う。学生時代のボディビル&ウェイトリフティング部の遠征の話、全日本学生ボディビル選手権大会は関東と関西で毎年秋に交互に開催され、皮一枚のぎりぎりまで絞りこんだ屈強な我が部のビルダー達は、試合が終わった後の夜の町で「ポージング」をすることに毎年決まっている(筆者はリフティング専門だったので箸にも棒にもかからなかったけれども)。夜の町にいきなり黒い肉体美が登場するので正気の目で見ればかなり異様な光景だが、東京(ハチ公前やコマ劇場前)では観客は大体5~10メートル離れて観賞するのに対して、大阪(戎橋前)では通行人がわれもわれもと触りに来る。ふりかかる火の粉をものともせず、迫力を求めて花火にむらがるフランス人の様子は道頓堀で見た大阪そのものである。

    ※注7)逆に、停止線が書いてあるところは「前方優先道路につき一時停止せよ」で、これは必ず一旦停止する義務がある。停止線も信号も無い交差点は「右側優先」だそうで、これは道の太さによらないので、特に街中で右側優先をしくじって恐い思いをすることがある。

    ※注8)「3歳の子供に食後のチーズ」で驚いてはいけない。1歳児の離乳食にチーズが出てくるお国柄であるからして、3歳にして既にロックフォールなどの青カビチーズが大好物な子供達ができあがるのである。

    ※注9)子供に決めさせるといっても甘やかしとは違っていて、偏食だとか食べのこしだとかには親のチェックが入り、きちんと修正のための交渉がくりひろげられる。タフネゴシエーターはかくして作られるようだ。

    ※注10)integre という単語を使う。サルコジ大統領が首相だった時代の改革で、すべからく移民は移民としての権利と義務をよく守りますという「契約」を結ぶことになった。このときの契約のことをContrat d’Accueil d’Integration – 同化のための受け入れ契約という。この契約にサインした後、1.フランス語日常会話初級証書、2.フランスの日常生活知識初級証書、3.フランスの公民制度に関する講義受講証書を取得してはじめて、居住許可証の更新権利が得られる。

    (三田 吉郎:工学系研究科電気系工学専攻・准教授)

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