インドのジャバルプールで講義をしてきました/堀洋一
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平成20年、正月気分もさめやらぬ1月5日に成田を出て、13日に帰国するまでの約1週間あまり、インド情報技術大学ジャバルプール校IIITDM.Jに滞在して、Electrical Controlに関する10回の集中講義をしてきた。先端研の南谷先生に頼まれ「まあ、こういう機会でもないとインドの田舎に行くこともあるまい」と気軽に引き受け、鈴木(宏)先生、大竹先生との4人チームで行ったのであるが、なかなかおもしろい経験になった。
このプロジェクトは、小泉、安倍もと総理がシン首相と交わした日印共同声明の一環とのことで、外務省のホームページにでかでかと載っている。IIITはインド工科大学IITに次ぐ高等教育機関ですでに3校を設立している。ジャバルプ?ル校IIITDM.Jは空港近くの広大な土地に、超大型の新キャンパスを建設中(写真1)で、2棟は今年8月に完成し2012年には全部完成予定となっている。壮大な構想であるが、そんなに早く完成するのかはかなりあやしい。
滞在した瀟洒なゲストハウス(写真2)には献身的かつ礼儀正しい若い兄弟が住み込み、一切の面倒をみてくれた。いわゆる召使いのいる生活である。驚いたことに毎朝7:30?9:30に停電があり、部屋の明かり以外は突然オフになる。とんでもないところに来てしまったと思ったがそのうち慣れてしまった。自家発電は毎日試験されているようなもので、その分かえって信頼性も高い。
学生の勉学に対する情熱はすばらしい。とにかく先生を尊敬しており、講義のしがいがある(写真3)。英語は難なく使えるので楽である。質問もよくするし基礎的な学力もあるが、根本に立ち返ってオリジナルな研究を行うという態度は希薄に思われた。日本で大学院教育を受けたいという学生も少なくなかったが、これなら受け入れてもいいかなと感じる。
借り物の校舎は、花壇をきれいに整備しており心が和むが、建物はじつに粗末で汚く、2つしかない講義室はフル稼働、他に会議室、図書室、ラボで全部である。しかし、必要最小限そろっているので、これで十分教育はできるのである。昼食は近くの寮の者は寮に帰り、遠くの者は屋上に並べてある大鍋で料理して食べている。集団生活を通じて連帯意識が育つだろう。早朝から女子学生が屋上で分厚いSignal Processingの本を読み合ったりしている。
このような劣悪な環境でもノートPCはある。PCというのは実に普遍的な世界共通のツールであることを再認識した。インドの学生は数学面には独特の感性があり、プログラミングにかける時間も能力もあるので、こういう分野で競争しても日本の学生は負けてしまうかもしれない。一方、モータを回したりするような、もの作りのセンスは貧弱である。これは教育環境からして仕方のないことである。よくITはインドと言うがそれしかできないのかもしれない。逆に日本がやるべきことは別にあるなあ、と強く感じた。
おもしろい話を2つ。インドでは「あいづち」は首を横に振る。一所懸命講義をすると皆が一斉に首を横に振る。日本では「ちがう、ちがう、こいつアホちゃうか?」というときの仕草とまったく同じである。にこにこしながら首を振るので、何か間違ったことでも言っているのか、興味がないのかと、最初は相当にあせった。
また、夕方から(けっこう遅くから始まる)のパーティは最初の2時間ほどは、飲み物(ウィスキーとビールはある)とおつまみ程度で延々と話をする。とにかく話が好きである。腹が空ききってくるころ、やっとメインディッシュ(おいしいカレーであることが多い)になる。しかし、そろそろ食事をしましょうか、と主人が言うと、あと30分ほどで解散しますというメッセージなんだそうで、あっという間に食べてさっとお開きになる。飲み足りないと2次会3次会と行って、いつまでも飲んでいる日本とは順番が逆である。
町にはモーモー君とワンコとウンコがあふれているし、1日1ドルで暮らす貧困層の人もたくさん一緒に暮らしている。しかし妙なバランスがとれていて、危険を感じるということはない。おなかもこわさず返って太ってしまった。豊かな日本にはない何か大切なものが、確かにインドにはある。
ジャバルプールにはすばらしい滝(写真4)やデリーには世界遺産のお墓(写真5)もある。興味をもたれた方は、小生までご一報ください。企業の人も大歓迎です。実績もありますから大丈夫です。実は次の人を見つけないと毎年行くことになりそうなので。
(本稿は、ほぼ同じ締め切りで「生研ニュース」のPLAZA欄に執筆した雑文に、加筆修正したものであることをお断りしておきます。)
(堀 洋一:生産技術研究所情報・エレクトロニクス部門・教授)