何も挑戦しないのが最大のリスク/竹内健
区>キャンパス, 記>コラム (MBA, フラッシュメモリ)
新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願いします。1月5日の朝日新聞に、“外向き志向 メモリー研究 世界一へ”という記事で、私の今までの仕事を取り上げて頂きました。このコラムでは、記事以外の内容を中心に、今までの仕事を振り返ってみます。進路に悩む学生さんの参考になれば幸いです。私は1993年に物理工学科を修士で卒業後、東芝に入社し当時マイナーな製品であったフラッシュメモリの開発に携わりました。博士に進学するつもりでしたが、ふとした機会に、「フラッシュメモリで半導体の次の波を作る」とおっしゃる舛岡先生(東北大名誉教授)にお会いしました。舛岡先生はフラッシュメモリを1980年代に発明し、私がお会いした時は、東芝でフラッシュメモリ開発を率いていらっしゃいました。私はフラッシュメモリが何か全く知りませんでしたが、「自分の人生を掛けるのはこれだ!」と直感的に思い、飛び込むことを決意。
ところが、東芝に入社してみると、思い描いていた世界とは全く異なりました。入社当時はバブルが崩壊し、会社の経営環境は悪化していました。フラッシュメモリはいつ潰されてもおかしくないプロジェクトで、毎日が背水の陣。今では大容量技術としてほとんど全てのフラッシュメモリに使われている、1個のメモリに2ビット以上を記憶する多値技術を私たちは開発していたのですが、開発チームは解散に。私たち技術者は目前で切羽詰まった製品の立ち上げをしながら、将来の大容量化技術を自宅で考えて特許や論文を書いていました。毎日が存亡の危機だったので、今から思うと仕方ないことだと思いますが、そんな無茶苦茶な生活をよくぞ家族が理解してくれたと思います。15年間フラッシュメモリ事業に携わり、幸運なことに、市場規模は2兆円に成長。今ではメモリカード・USBメモリ・デジカメ・携帯電話・iPad・パソコンなどに使われ、私たちの生活で無くてはならない製品になりました。現在の東芝にとって、フラッシュメモリは原子力発電と並んで収益の柱になっています。
2003年には技術とビジネスの間のギャップを埋める必要性を感じ、スタンフォード大学ビジネススクールでMBAを取得しました。MBA取得後は事業部でプロジェクトマネージメント・マーケティング・企業間交渉などビジネス面の仕事をしました。ビジネススクールでは英語力は同期の400人中、断トツのビリ。授業中の発言が採点されるので、英語ができないと致命的です。落第の恐怖と闘った2年間でした。MBA取得後も5年間くらいは、MBAで落第した夢を見て、夜中にハッと目が覚めることが良くありました。ビジネススクールでは自分が生き残ることに必死で、全く家族を顧みる余裕はありませんでした。赤ん坊を抱えた慣れないアメリカでの生活を妻がよくぞ頑張ってくれたと思います。
フラッシュメモリ事業が拡大するにつれ、技術開発もビジネスも、私が入社した時のような少人数の個人プレーではなく、大人数で行う組織戦になりました。自分が全てをコントロールできる世界で新しい挑戦をしたいと思っていたところ、大変幸運なことに東大電気に声を掛けて頂き2007年に東大に移りました。フラッシュメモリ事業の絶頂期に東芝を辞めましたので、バカな選択だと今でも言われます。企業では出張費などの資金(大きな声では言えませんが交際費も)は潤沢にありましたが、大学ではゼロからのスタート。学会参加費さえ事欠く極貧の状態でした。大学に来て3年ほどたちますが、本当に多くの方に助けて頂き、研究室も立ち上がりました。
自ら修羅場を選んできた人生ですが、不思議とリスクを取ってきた自覚はありません。むしろ、「何も挑戦しないことがリスク」と思い、リスクを減らす選択をしてきたつもりです。人がやらないことに挑戦することで、たとえ失敗しても、新しい知識やサバイバルするための嗅覚を身に付けてきました。ひるがえって今の東大生を見ると、真面目ですし器用で要領が良いのに、冒険しないですね。「挑戦すればきっとできるのに、もったいないなぁ」と思います。学生を刺激しつつも、私も挑戦し続ける人生でありたいと思います。研究では、パソコン・サーバー・携帯機器などで、電力面でも性能面でもボトルネックとなっているメモリにイノベーションを興したいと思っています。そのためには、私が今まで扱ってきた回路・デバイスだけでなく、より上位のシステム階層まで含めた最適化が必要になります。専門家の方々に教えを乞いながら、信号処理技術・OS・コンピュータアーキテクチャなど私にとっては新しい分野に挑戦しています。
また、今年は社会人エンジニアを対象にした技術経営の教育を立ち上げるつもりです。「技術で勝っても事業で負ける」今の日本企業では、多くの人を率いて技術を事業に結びつけるリーダーシップが最も必要とされていると思います。MBAやフラッシュメモリの事業化を通じて東芝で学んだことを、企業の中で、かつての私のように「なぜ良い技術を開発しても儲からないんだろう」と悩んでいる技術者と共有したいと思っています。こうして人生を振り返ると、新しい挑戦を「危なっかしくて見ては入られない」と助けて下さる方々、そして家族の支えのおかげで何とかやってきました。
以上、長文になりましたが、何らかのお役にたてれば幸いです。また、研究や技術経営など日々感じていることをブログ(http://d.hatena.ne.jp/Takeuchi-Lab/)に書いています。