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  • 近況報告(感染症)/大橋康隆@クラス1955

      連休は老齢者や病気の人にとって不安な日々である。4月27日に導尿管の交換をK病院泌尿器科で行い、連休前なので念のため抗血栓剤バイアスピリンに影響のない血管増強剤(止血剤の代わり)を2週間分処方してもらった。

      今回は、導尿管交換時に膀胱洗浄を行い、一応止血してから帰宅した。ところが4月29日から導尿管の外側から血尿が漏れ始め、5月1日にK病院泌尿器科に電話で相談したところ、看護師さんから通常良くあることなので暫く様子を見ましょうということになった。
      ところが、5月8日午後9時頃体温が37.5度になり、急に両足がガタガタ震えだした。K病院泌尿器科に家内が電話したが、夜間で掛からず、救急に電話したら、循環器内科の医師がおられ、至急救急車で来るように言われた。連休明けで、高津区の救急車は出払いで、遠くから来ましたと多摩区の久地から救急車が来た。K病院に到着した時は、体温が急速に40度に上昇し、顔が赤くなっていたと後で言われた。早速、4月27日に交換したばかりの導尿管を新しく交換した。気が付いたら5階の病棟のベッドに横たわっており、傍に点滴がぶら下がり、鼻には酸素吸入器が挿入されていて驚いた。両腕には、数か所に採血した跡があり、病原菌の特定に数日がかかった。病原菌が特定されると、先ず酸素吸入器が外され、次に常時点滴から、抗生物質注入時のみの点滴に代わった。
      今回の入院では、実に多くのことを学んだ。50人の患者を3人の看護師さん達が3交代でチームを組み、親切に効率よく患者に接している姿には頭が下がるのみである。看護師さん達は、長年にわたるプロの経験のノウハウの蓄積があり、家内と共に色々貴重な知識を伝授してもらった。泌尿器科の看護師を7年間も経験した方もいて、広い分野の経験を積み重ねているとのことであった。私の住んでいるマンションの近くにあるホームドクター T内科クリニックの医師からも、準入院状態であると考えて生活するように言われていたが、感染症の恐ろしさを改めて認識し、プロとアマの差を痛感した。
    $00A0  5月15日に、翌日外来の泌尿器科へ行くため、車椅子に乗る練習をした。車椅子にU型クッションを乗せると、重心が高くなるので、転倒防止のため、ベルトを装着された。先ず、病棟の廊下の北端の窓に行き、久し振りに外の景色を眺めた。右前方に南武線の武蔵中原駅の向う側にF社の立派な建物が目に入った。私はNECに入社して暫くは外国技術の導入に従事したが、当時はF社も同様で、両社の伝送装置が相互接続できるように、数回打合せのため、訪れたことがある。正門を入ると大きな池があったことを思い出したが、この池は現在も残っている。F社から南部線に沿って北西方をみると、32階の高層マンションが霞んで見えた。昔は、NECの子会社NECホームエレクトロニクスの跡地に10年程前に建設された。この高層マンションの手前に私の住むマンションがあり、随分遠くから運ばれて来たものだと思った。次に、南端の窓に連れて行かれたが、武蔵小杉の高層マンションが林立しており、その間隙から、昔勤めていたNEC玉川事業所の跡地に建設されたツインタワーが見えたが、私は入ったことがない。昔は、上工場と下工場は空襲で焼失し、平屋の中工場に、真空管、伝送、無線の3工場があった。急激な変化を目の当たりにして、自分も老化して当然だと思った。
      5月16日に、車椅子で外来の泌尿器科に連れて行かれ、腎盂炎を起こしていたことを告げられた。この日から、午前と午後、1回づつリハビリ・センターに行き、訓練を受けた。下肢筋肉トレーニングは、
      A:椅子に座ってモモ上げ50回、
      B:椅子に座って膝伸ばし50回、
      C:両腕で机を持ち、かかとあげ20回、
      D:両腕で机を持ち、セミ・スクワット20回。
      その他、歩行訓練【私は導尿管とタンクを持っているので、歩幅(20cm以内)、階段は(13cm以内)】
      90才以上の多くの方々が、元気に私以上にリハビリをしており、導尿管をしているのは私だけで情けない思いをした。5月19日午前に退院し、「おめでとう。再びここに来ないように気を付けてください。」と言われた。入院中は電動ベッドで、その便利さに助けられたが、我が家はマンションで部屋が狭くて導入できない。しかし、ベッドの布団を薄くして、少し高さを低くしたら、自力で、出入りできるようになった。また、高さ13cmの踏み台を購入し、車の乗り降りに使用すると、導尿管に無理な力が加わらず、出血の危険が無くなった。バリアフリーの必要性を痛感した。
      K病院からマンションに帰着し、B棟の玄関脇のスロープを登っていると、1階に住んでいるOさんに出会った。Oさんは、以前マンション理事会で1年間一緒に理事を務めて以来の知り合いである。Oさん自身は、頻尿のため前立腺の手術をしたそうだが、父親が尿道管を装着していたとのことで、私の苦労を直ちに理解された。尿閉の苦労をしている人が、意外に身近にもおられることを知った。その割に、世間で尿閉が話題にならないのは、死因が脳出血や感染症として統計がとられているためだと思う。先日、テレビで女性も筋肉が衰えると尿閉になることを知り驚いた。
    1件のコメント »
    1. それにしても随分きわどい体験をされたものですね。無事ご帰還となって先ずはおめでとうございました。今後もいろいろ大変でしょうが気を付けながら頑張って下さい。
      所で、小生脊柱管狭窄症という厄介な病い(?)にかかってしまい、近いうちに手術を受けるつもりです。無事に戻って来れたらレポートします。

      コメント by 大曲 恒雄 — 2018年7月1日 @ 10:33

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