新任のご挨拶/小林徹也
平成20年6月1日付で生産技術研究所講師として着任いたしました小林徹也と申します。
私の研究室では、数理工学・情報工学的な技術を最先端の生命科学研究に応用し、新たな融合研究分野を開拓する研究や、逆に生命現象からそのシステムとしての巧妙さを学び、数理・情報工学の新しいテーマを探求することを行っています。
これまで細胞や発生といったミクロな生命現象を扱う生命科学と工学との接点は限られたものでした。しかし近年、生命科学の最先端では遺伝子のような生命システムの構成要素を同定することから、よりシステムとしての定量的な側面を理解することの重要性がクローズアップされてきており、定量的な解析の 基盤技術として数理・情報工学、そして広くは工学の測定・摂動・制御技術などが大きな期待を集めております。
私は平成12年から平成17年まで修士・博士課程において生産技術研究所 合原一幸先生の研究室に博士学生として在籍し、ミクロな生命現象に対して数理工学的手法を適用する研究に従事してまいりました。そのころから実験生命科学と数理との融合は生命科学のフロンティアとしてとらえられておりまして、当時合原研究室に在籍していた学友らと構築した理論体系はこの分野の先駆的な研究であったと自負しております。
しかし当時、実験と数理との融合はその重要さは認識されつつありましたが、実際にそれを実践することになると、分野の間に存在するコミュニケーションの問題や他分野が協力して研究をするために具体的接点となる技術・アプローチの不在などの理由から、ほとんどの試みが実現に至っていませんでした。私も当時アメリカの実験研究者との共同研究を試みましたが、実質的な結果にはつながらず融合研究の難しさを身をもって体感したのを覚えております。
学位習得後の平成17年4月よりは、この融合研究実践の問題を解決すべく、神戸理化学研究所 発生・再生科学総合研究センターの生物実験研究室(システムバイオロジー研究チーム)に日本学術振興会PDとして参加し、体内時計と時差ぼけの機構の研究に取り組みました。 そこで様々な実験研究者と試行錯誤をすることにより、融合研究ののりしろとして様々な定量的な工学測定技術、画像解析技術、情報工学的技術が必要になること見いだし、それらを1つ1つ解決することにより、Singularityと呼ばれる究極の時差ぼけ現象のメカニズムの解明を行うことに成功しました。この結果は2008年にNature Cell Biologyに掲載され、生物分野のみならず 数理・物理分野にも大きなインパクトを与えた仕事として評価されております。またトリビア的な話になりますが、テレビ番組の情熱大陸で前所属の研究室が取材をされた折にもこの論文が登場しております。
この研究の成功の鍵の1つは、数理という枠にとらわれず、計測・画像解析などの自分自身が専門でない技術に積極的に取り込んだことにあったのですが、それを可能にしたのは、工学部在籍時代にこれらの技術の基礎が工学部のカリキュラムによってたたき込まれていたことでした。この体験は、研究者としての深い知識に導きつつも幅広い知識の土台を学ばせてくれる工学部の教育のすばらしさを実感させられた貴重な思い出となっており、また同時に工学の技術・知識が今後の生命科学分野を牽引してゆく起爆剤になり得るという現在の私自身の確信にもつながっています。
生産技術研究所着任後はこれらの経験を元に、生命科学を変えうる数理・情報工学技術の開発に取り組み、それらを活用して、体内時刻の制御や発生における自己組織的な構造形成、そしてばらつきが大きい細胞がどのようにロバストに機能しうるのか、といった生命の巧みさを解き明かす研究を進めております。 そして最終的には、自分が解き明かした生命の巧みさを数理的に記述・抽象化することにより、生命現象に学んだ新規理論を構築して広く工学などに応用できればと思っています。
若輩者ではございますが、ぜひ先生方のご指導ご鞭撻を賜りますようよろしくお願い申し上げます。