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  • 小惑星探査機「はやぶさ」の運用を終えて/橋本樹明

    小惑星探査機「はやぶさ」は、2010年6月13日22:51に地球大気圏に突入し、消滅した。私は、このプロジェクトに20年近く関わったが、後述のような事情から、本当に最後の最後まで、探査機運用に参加することになった。

    宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙科学研究所(ISAS)は、大学共同利用システムのもとで、宇宙科学プロジェクトを進めている。従って、そこに所属する教員は、大学院教育や自身の学術研究の他に、プロジェクトへの貢献も期待されている。私の場合、宇宙機制御分野の研究者であるが、同時に、人工衛星や惑星探査機の姿勢軌道制御系開発担当者でもある。人工衛星の姿勢制御系はかなり成熟してきた技術であるため、実際の開発業務の中に学術的研究テーマを見いだすことは難しくなってきているが、「はやぶさ」は例外であった。数多くの「世界初」の挑戦を含む工学実験探査機として開発が行われてきた。電気系の技術分野でも、当時としては宇宙利用が珍しかったリチウムイオン電池を搭載、太陽電池にはGaAs系のマルチジャンクションセルの採用などたくさんの新規技術が導入された。私の専門である制御工学においては、光学センサを用いた小惑星への接近・着陸誘導制御法、レーザ高度計などの新型センサの開発などが行われた。これを、大学院生や所内教員とともに行った学術的研究レベルから、メーカさんとともに実際の探査機へ実装する段階、そして軌道上での運用まで、長きにわたって関わってきた。(こちらを参照)

    本業の姿勢軌道制御の話は学会等でも報告しているので、本稿では搭載カメラによる撮像のことを書きたい。「はやぶさ」は、画像を用いた自律航法がウリであり、ONC-T(望遠。8バンドの回転式フィルターをもつ。)、ONC-W1、ONC-W2(ともに広角。モノクロ。)の計3台のカメラを搭載していた。カメラを作るのは主にメーカさんの技術であるが、それを使って実際に写真を撮るのは研究者自身である。撮像に適切なタイミングを計算し、カメラの露光時間を設定し、撮像した画像の一部を切り出したり圧縮したりの画像処理を施したのち、画像データが記録されたデータレコーダの当該領域を地上にダウリンクする。これらのコマンドを探査機に送信することによって、画像を得ることができる。イトカワへの接近、着陸時は、ほとんど常時カメラによって相対方向の監視を続けていたので、撮像コマンドは定型的なものであったが、最も緊張したのは、ターゲットマーカと呼ばれる着陸時に使用する人工ターゲットを撮影したときであった。このターゲットマーカには、世界88万人の署名が薄いフィルムに印刷されており(こちらを参照)、ちゃんと写真を撮らないと、88万人に申し訳無いというプレッシャーがあった。何時間もかけてコマンドを見直した甲斐あって、うまく撮像できた。(こちらを参照)

    小惑星イトカワ離脱後の帰路は、航法カメラは必要ないので、省電力化のために保温をやめた。宇宙空間では、ヒータで保温しなければ-50℃以下になることもあり、機器の保証温度を逸脱する。しかしながら、地球帰還が近づくにつれ、「やはり地球の画像は欲しい」ということになって、探査機の役目が終わる回収カプセル分離後に撮像をすることになった。カプセル分離から探査機の消感(日本の内之浦局から探査機と通信できる時間の最後)まで約2時間半、この間の運用の様子はこちらに書いたので、ここでは電気の同窓会用に、少し技術的な補足をしようと思う。一般に宇宙用のカメラを新規に開発すると、市販のデジカメのようなわけにはいかず、大型かつ高価になってしまう。少しでも小型化、低コスト化するため、「はやぶさ」搭載カメラは他のプロジェクトの恒星センサとCCDまわりの設計を共通にしている。その結果、機械シャッター(宇宙用の設計では、可動部は信頼性が劣るので極力避ける)も電子シャッターも無いフレームトランスファー型の背面照射型CCDをMPP(Multi Pinned Phase)動作で使うことになった。感度も高く暗電流も少ないので、暗い星の撮影には適しているが、明るい地球などの撮影では不都合がある。電荷転送時にも露光してしまうので、露光時間の短い撮像では白い筋(我々はこれを「スミア」と呼んでいる)が目だってしまう。そのため、イトカワの撮像時には、通常露光の撮像の直後に露光時間0のスミア像を撮影し、それをカメラの画像処理で減算することによって補正していた。しかしこの方法は、被写体の動きが遅い場合、探査機の姿勢が静定している場合に限られる。時間的余裕がある場合は、通常露光とスミア像の両方を可逆圧縮モードでダウンリンクし、地上で姿勢のずれを考慮しながら減算することもできるが、今回の地球撮像は姿勢変動が激しい、時間は無い、という状況で、やむなく、スミア補正無し、非可逆圧縮で撮影することになった。また、最短の露光時間にしても、一部のピクセルは飽和していた。

     こういう悪条件であったが、惑星画像の処理に詳しいサイエンティストに画像を見せると処理してみてくれて、こちらのようなクリアな画像ができた。スミア補正の基本原理は以下のようである。各ピクセルの本来の輝度値をI(x,y)、垂直方向のピクセル数をN、露光時間をEn、垂直転送時間をN×Esとすると、スミアが載った画像の各ピクセルの輝度はIs(x,y)=I(x,y)+(Es/En)×Σ{y=1:N}I(x,y)となる。従って、I(x,y)=Is(x,y)-Es/(N×Es+En)×Σ{y=1:N}Is(x,y)を計算すれば、スミア補正ができるはずである。実際には、暗時バイアスや飽和ピクセルの影響があり、これをどう除去するか(ごまかすか)がポイントとなるが、そこが研究者のノウハウと言うことである。

    最後の運用終了後の様子。一番左が筆者。中央奥が川口プロジェクトマネージャ。(JAXA提供)

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