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  • 幸島のサルとミーム/伊庭斉志

    6月の下旬に宮崎県のシーガイヤで人工知能学会の全国大会が開催された。今話題の県知事が懇親会に来て大騒ぎであった。この話題は別のところで紹介されるだろうから、ここでは述べない。そのかわりに宮崎の幸島とそのサルについての話をしよう。

    幸島(こうじまと読む)は、宮崎市から1時間半ほど南へ下った串間市・石波海岸の沖合300メートルのところにある。周囲が3.5kmほどの小さな無人島であるが、文化度が高い野生のニホンサルが生息する。京都大学の今西錦司らを中心とする日本のサル学を世界に知らしめたのはここでの研究成果による。そのため以前から、ぜひともここのサルたちを見たいと思っていた。今回念願が叶って、学会の合間に見学に行くことができた。

    幸島をとくに有名にしたのは、サルのイモ洗い行動である。観測者がサツマイモを砂浜の上に置くと、イモと名付けられたメスのサルは海水に浸けて食べるようになった。砂がついていると不味いからであろう。これ自体は偶然の出来事で特筆すべきことではない。興味深いのは、この行動がイモの親族や友達にすばやく伝わっていったことである。また年輩のサルの中には決してイモ洗い行動をしないものもいたという。さらにあるサルは砂がついていない食物も海水に浸けはじめた。塩の味付けをするグルメなサルの誕生である。

    このような行動(文化)の伝達様式はミームと呼ばれており、利己的な遺伝子で有名な生物学者・リチャード・ドーキンスが提案した。通常の遺伝子が血縁関係のみで垂直に遺伝するのに対し、ミームは集団内の交わりを通して水平に遺伝する。また遺伝子と同じように突然変異(上述の塩の味付け)や交叉が起こる。災害時のデマ、流行語、ファッションなどはミームによりうまく説明できることが分かっている。もともとミームは、遺伝子中心主義から解放されるために、人間のみが獲得した文化的手段であると考えられていた。しかしながら、幸島のサルによるイモ洗い行動の伝達様式も確かにミームである。

    現在100匹ほどのサルが島におり、京都大学の霊長類研究所が戸籍を一匹ずつつくって研究している。われわれが渡し船で上陸したときも、ちょうど2人の研究員による点呼の最中であった。この島が非常にうまく管理されており、サルたちが餌をねだったり、人間を敵視したりしないのに感心した。

    サル学が欧米ではなく日本によってリードされた理由のひとつは、「動物にも文化がある」という考え方が仏教観に受け入られやすかったからだとされている。キリスト教の宗教観では基本的に人間のみがミームをもつ。今後は日本独自のサル学から、人工生命や人工知能の実現につながるような先駆的な研究がなされることを期待している。

    (伊庭 斉志:新領域創成科学研究科基盤情報学専攻・教授)

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