飛行船スピリット/森川博之
この夏、埼玉県の桶川にある本田エアポートで飛行船に乗せてもらった。飛行船に試乗できる機会などまずないため、最優先でスケジューリングをして、万全の体制を整えて当日に臨んだ。前日に関東地方を直撃した台風は過ぎ去り、台風一過の穏やかな晴天というまさに飛行船日和であった。
今回乗せていただいたのは、日本飛行船という会社が保有する飛行船である。日本国内に常駐する飛行船はこの一機のみであり、他の飛行船は海外から一時的に日本に飛んでくるらしい。
試乗にあたって、まず体重の申告をする。やはり重量にはかなり敏感なものらしい。そして飛行船の特徴などのレクチャを受ける。レクチャを受けて、飛行船に関して何も知らなかったことに気がついた。飛行船はどのように推力を得ているのか、飛行船の機体に穴が空いたなどの緊急事態にはどうなるのか、飛行船はどのくらいの速度で飛ぶのかなど、まったく知らなかったのである。
まず、飛行船はヘリコプタと同じ要領で離陸と着陸を行う。飛行船の両脇に小さなプロペラが付いていて、プロペラを水平に回転させることで離陸と着陸を行う。空中で水平移動するときには、プロペラ機と同じ要領でそのプロペラを垂直に回転させる。すなわち、両脇に付いているプロペラの取り付け角度を操縦士が制御し垂直にしたり水平にしたりして、垂直方向と水平方向の推力を得るのだ。飛行船のサイズはジャンボジェットと同じなので、両脇に付いている小さなプロペラなどに、今まで気づいたことがなかった。
次いで、飛行船の機体に穴が空いたらどうなるのか。。。ヘリウムが完全に抜けるまでに8時間程度かかるとのことであり、穴が空いたとしても着陸場所を探して着陸することにはまったくの問題がないらしい。きわめて安全な乗り物であり、ヘリコプタと比べて飛行船の優位ポイントの一つとのことだ。
そして、飛行船の速度が思ったよりも早い。平均時速80キロメートルである。時速100キロメートルも可能とのことだ。試乗では、戸田ボートコース上空でホバリングして戻ってきたのだが、桶川から六本木までの周遊飛行も1時間で可能らしい。
実際に飛行船に試乗してみて、さらに興奮した。搭乗しているのは操縦士のお二人を含めて計11名。飛行機やヘリコプタで経験する振動と騒音がないのである。次世代燃料電池車と同様である。窓から外をみていないと、離陸していることさえ気づかない。空中でも静かに進み、窓を開けていても機内で普通に会話をすることができるのだ。風の影響で機体がわずかに揺れることで、空中にいることがわかる程度である。そして、ホバリング時はぴたっと静止する。空中に静止して浮かんでいると、不思議な感覚に襲われる。
地上300メートルでゆっくりと(実際には時速80キロメートルくらい出ているのだが)進んでいる飛行船からは、地上の様子が手に取るようにわかる。飛行船の影が地上に映し出されている姿を見ながらの飛行は優雅そのものである。操縦士の方々は、ジョイスティックのような操縦桿を片手で握って、風の影響を受けないように微妙に操縦桿で機体の姿勢を制御している。操縦席の前面に広がる機器類は、航空機のそれとほぼ同じであり、最新設備が搭載されている。
飛行機やヘリコプタとまったく異なる飛行船には、安全性、低騒音、環境にやさしい、長時間ホバリング可能などといった飛行船ならではの特徴があるものの、ビジネスとしてはかなり厳しいらしい。飛行船が一台しかないためスケールメリットを活かすことができず、維持費をやり繰りすることが大変なようだ。それでも、日本飛行船の方々は、そのような顔を見せることなく嬉しそうに飛行船の維持管理を行っている。
空を飛ぶということ自体、何かしらの夢を抱かせる。小さい頃、パイロットになりたいと思った時期があった。日本飛行船の人たちと話をしていて、そんな小さな頃の夢を思い出した。忘れかけていた素朴な気持ちを思い起こさせてくれる飛行船体験だった。
(森川 博之:国際・産業共同研究センター・教授)