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  • 学際的研究の重要性/理事長 佐々木元

    学際的研究

    近年、学際的な分野での研究の重要性が注目されています。
    「大辞泉」で「学際」という言葉を引いてみると、「研究対象がいくつかの学問領域にまたがっていること。」とあり、一つの目的と関心のもとに、多くの隣接する学問領域が協業して研究することを「学際的研究」と定義しています。古くは公害問題から平和研究、さらに宇宙開発など様々な領域において協業的研究に基づく学際的研究が行われて成果をあげてきたと評価されております。

    その背景としては、これまでに専門化、細分化を進行させてきた学問だけでは対処できない問題が社会の中で顕在化して、それらの解明が急務となったことがあげられるでしょう。そして、その研究において重要なことは、研究テーマに対して自然、社会、人文の各学科を網羅した異なる学問領域の協業を図るように努力することが必要であると指摘されています。言い換えれば、複数の学問体系の共同作業によって新たな知を共有するということであるといえます。

    イノベーション25

    2007年6月に、わが国の長期戦略指針である「イノベーション25」が閣議決定されました。その内容は、2025年までを視野に入れ、豊かで希望に溢れる日本の未来をどのように実現していくか、そのための研究開発、社会制度の改革、人材の育成等短期、中長期にわたって取り組むべき政策を示したものであります。ここでのイノベーションは、技術の革新にとどまらず、これまでとは全く違った新たな考え方、仕組みを取り入れて、新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことであると定義されております。

    2025年の日本の社会像としては、「生涯健康な社会」、「安全・安心な社会」、「多様な人生を送れる社会」、「世界的課題解決に貢献する社会」、「世界に開かれた社会」の5つが示されており、その実現のためには技術面、制度面、社会面の高いハードルを乗り越えて、新たな付加価値を伴う大きな社会変革が実現できるわけです。

    国民が求める「新たな豊かさ、心の豊かさ」に応える新しいサービスが提供されるためには、例えば料金の決済システムにおける利用者の利便性向上、規制改革を含む環境整備、個人情報保護の円滑な実施が必要です。そのためには、サービス産業の生産性向上を目的とする研究開発、適用実証事業の実施と成果の評価を行い、産業として普及させることが重要です。異分野の技術・知識の融合活動及びそのための場の形成を進め、融合メカニズムの解明を促進するとともに、技術の進歩や社会の変化に伴う諸課題や、人間の心理、価値観等に関する諸課題の現代社会における様々な問題の解決に向け、人文・社会科学を中心とする学際的・学融合的な研究の取り組みを推進し、その成果を社会への提言として発信することが求められています。その意味で大学等においてサービスに関する学際的・分野横断的な教育研究を強化して、サービス分野における生産性の向上やイノベーション創出に寄与できる資質をもった人材の育成が求められるわけです。

    文部科学省が昭和43年から実施している「民間企業の研究活動に関する調査報告」で、社内で研究開発活動を実施している民間企業1,951社と対象に、「研究開発者の供給元としての大学及び大学院に何を望むか」を平成14年度と16年度に調査しています。その結果をみても「基礎的領域や学際領域を重視し、学生を井の中の蛙に陥らせない」が各年度で30%を超える結果となっております。(表1)

    学生を採用する企業の立場として技術者に求められることは、多様化かつ複雑化する知をいかに融合して新しい価値を産み出すかいうことであり、そのための素養を大学で学んで欲しいということであります。

    社会技術と情報技術の連携

    私は、現在産業競争力懇談会(Council on Competitiveness-Nippon: COCN)の幹事を務めております。この会は、日本の産業競争力の強化に深い関心を持つ産業界の有志により国の持続的発展の基盤となる産業競争力を高めるために、科学技術政策、産業政策などの諸施策や官民の役割分担を産官学協力のもとで合同で検討することにより政策提言としてとりまとめ、関連機関への働きかけを行い実現を図る活動を行っております。

    その2008年度の推進テーマに、「共生社会を支える優しい安全安心見守りシステム」があります。このプロジェクトでは人が情報・知識を得ることで、危険を認識して安全な行動をとり、さらにより正しい信頼できる情報を入手して、安全な状態から心が落ち着く安心な状況、すなわち信頼関係へ進展すると分析しています。そのためには、従来型の管理・監視に注力する安全ではなく、安心を共有できるコミュニティを基本にした社会の再構築が急務であり、情報インフラを活用して、人と人、人とコミュニティとの信頼関係を高めるIT技術とサービスを提案して、新たな社会基盤を形成していくことを目的としています。

    そして安全安心は人に係わる多様な問題であるために、その解決にはあらゆる社会制度・社会システムを技術としてとらえる社会技術と、工学的な技術とを組み合わせて解決をはかることが重要です。社会技術とは、社会問題の解決や効率的な社会運営といった社会価値を実現するための広い意味での技術、例えば法律や保険、教育、コミュニケーションを含む考え方です。

    しかしながら、わが国においては既に投資した情報インフラを統合・連携してサービスを展開できないということが現状であります。例えば、病院のカルテ、疾病記録、投薬記録などの個人の健康データを収集して有効活用をすることは本人の希望があっても現状では困難であり、防犯情報にしても町全体が総合的に守られて、察知された危険が住民に自動的に連絡されるといった状況にはなっていません。

    また、人間関係に関しても高齢化社会の到来と地域コミュニティの崩壊によって、孤独死や引きこもりといった社会問題も発生しています。これらの問題に関して、内閣府が平成20年度に立ち上げた「生活安心プロジェクト」において国民生活の安全安心に係わる暮らしの分野の中で「高齢者見守りのネットワーク化」があります。

    NECでも、高齢者を支えるためのセンサーとしての役割を担う、“PaPeRo”というニックネームのセンサーロボットを開発して様々な実証実験を展開しております。1人暮らしの高齢者の状況や意図を対話を通じて認識して、薬の飲み忘れや飲み間違い、戸締まりや電気の消し忘れ等のチェックをして見守るレベルを目指しています。一方で、利用者のプライバシーをどう守るのかということが問題です。産学連携の様々な研究活動の中で、こうしたセンサーロボットといったものに対する社会的な許容を調べることも、重要な研究領域だと考えます。(図1)

    大学教育の在り方について

    最後に、大学教育の現状について言及してみたいと思います。
    社会が大きく変化する時代にあって、明日の日本を担う若者を育てるためには、学校のみならず、家庭、地域、行政が一体となって、不断に教育の改革に取り組んでいく必要があるとの認識から、21世紀にふさわしい教育の在り方について議論する場として、2008年2月26日に教育再生懇談会が内閣府に設置されました。2009年2月には、これまでの審議のまとめとして第三次報告が発表されました。その中で、大学全入時代の教育の在り方にとして、
    ・大学は、大学教育に相応しい学生及び教育の質を確保できているか
    ・意欲と能力のある者の大学進学を保障する仕組みが整っているか
    ・トップクラスの人材を育てられる環境となっているか

    という課題が提起されて、大学教育の質を担保するために学生の質の担保、大学教育に対する外部チェックの厳格化、高等教育に対する公的支援の在りかたの改革、トップクラスの人材の育成・支援が提言されています。

    学生の質の担保は、すなわち入学者の基礎学力の確保ということです。東京大学の学部の在籍学生の43%にあたる約1,500人から回収した学生生活実態調査の結果の一つに、現在のカリキュラムの満足度と消化できるかという項目がありますが、カリキュラムへの不満は全体の約23%で、一方で約20%の学生がカリキュラムを消化できないという結果になっています。(表2)

    「多少困難・できない」と答えた理由としては、「講義の内容が高度すぎて理解できない科目がある」(55.7%)、「授業への自分の意欲や努力が足りない」(40.4%)、「授業の予習と復習の時間が十分とれない」(38.9%)、「教育上の指導助言が十分でない」(30.7%)、「進学・卒業に必要な単位数が多すぎる」(29.6%)、「カリキュラムの組み方が不適切である」(25.4%)、「高校までの勉強の仕方ではうまく適応できない」(20.7%)、「入試科目でないので勉強しなかった科目がある」(9.3%)であり、入学時の基礎学力の水準と入学後の人材を育てる環境に係わる問題点を示唆しているものと思います。

    東京大学アクションプランに示されている「本質を捉える知、他者を感じる力、先頭に立つ勇気を備えた人材の育成」に向けて、広い意味での東京大学関係者が力をあわせて、理想の教養教育の追求、学部後期教育と大学院教育の抜本的充実、連携型教育の積極的展開を更に推進して、常に時代の先頭に立つ大学を目指すことを期待しています。

    (昭和34年電気卒 日本電気株式会社 代表取締役会長)

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