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  • 電気系学科での学びの特徴について/理事長保立和夫


    理事長 保立 和夫

     本年10月より、東京大学電気系同窓会の理事長を仰せつかりました 保立 でございます。どうぞ宜しくお願い申し上げます。本稿では、理事長就任のご挨拶を申し上げますとともに、電気系学科での学びの特徴についても述べさせて頂きたいと思います。

     さて、私どもの学び舎であります東大電気系学科の誕生は、1873年(明治6年)に遡ります。この年、工部省工学寮電信科が誕生して、世界初の「電」の字を冠する学科としての活動が開始されました。このとき、本学科を率いたのは皆さまご存じのエアトン教授であり、本年は、我ら電気系が誕生して150年の節目の年に当たります。このような記念すべきときに、本同窓会の理事長を拝命することとなり、一層の緊張感を覚えております。

     理事長就任のご挨拶としまして、まずは、自己紹介をさせて頂きます。私は、1974年3月に東京大学工学部電子工学科を卒業し、大学院修士課程ならびに博士課程へ進学して、1979年に工学博士の学位を授けて頂き、同年4月からは東京大学宇宙航空研究所に専任講師として勤務させて頂きました。その後、同キャンパスでの組織の改編によって、所属組織は工学部付属境界領域研究施設、先端科学技術研究センターと変わりましたが、17年間にわたり、駒場IIキャンパスにおいて、電気系専攻の修士ならびに博士課程の院生の皆さんとフォトニクスの研究を進めさせて頂きました。

     1997年4月からは電気系工学専攻に異動となり、2017年3月に東大を停年となるまでの20年間は、本郷にて、電気系の学部ならびに大学院での教育・研究活動に従事いたしました。研究分野は、一貫して、フォトニクス(特に、センシングを中心としたシステムズフォトニクス)でしたが、2004年に総長補佐を拝命してからは、大学運営にも関与することとなりました。工学系研究科の副研究科長、同研究科長・工学部長、本部の産学連携本部長、そして停年前の2年間は東大理事・副学長として研究、産学連携、施設・資産、総務を担当させて頂きました。この間、教育と研究に向けられる時間が少なくなってしまったことが残念ではありましたが、大学の様々な側面を垣間見ることができて、良い経験ともなりました。

     東大停年後は、名古屋にあります豊田工業大学で副学長・教授に就任し、2019年9月からは学長を務めさせて頂いております。

     このように大学運営に携わる中で、大学ならびに大学院での教育と研究はどのようにあるべきか等を考える機会を多く頂きました。たとえば、日本学術会議の会員を務めておりました際には、同会議では、丁度、学士課程を設置する際に教育内容をどのように構成するべきかを考える際の「参照基準」を全ての学術分野で作成しよう、というプロジェクトが始まっていました。そして、所属する電気電子工学委員会でも、電気電子工学分野の参照基準を検討して報告書を作成することになり、私はその取り纏め役を務めることとなりました。

     電気電子工学委員会内に、会員あるいは連携会員から成る8名の委員、ならびに電気学会、電子情報通信学会、計測自動制御学会、映像情報メディア学会からそれぞれ1名の先生をご推薦頂いて、計12名で「参照基準検討分科会」を構成し、1年半にわたる検討と取り纏めの期間を経て、2015年6月に、「報告:大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準-電気電子工学分野」が学術会議にて承認されて、公表されました[1]。本分科会の委員には、本電気系専攻の名誉教授、柴田 直先生にもお加わり頂き、多くの貴重なご意見を頂きました。また、電子情報通信学会から推薦された委員として、本電気系の苗村 健先生にもご尽力を頂きました。以下に、本参照基準の概要を説明させて頂き、私ども同窓生の拠り所であります「電気電子工学分野」の特徴等を、あらためて、復習させて頂きたいと思います。なお、情報学分野に関しましては、別途「参照基準」を取り纏めるという枠組みでした。既に、情報学分野の報告書も公開されています[2]。

     本報告書は、以下のような目次構成となっています。つまり、「電気電子工学の定義」「電気電子工学に固有の特性」「電気電子工学の学びを通じて学生の皆さんが獲得すべき基本的な知識と理解」「電気電子工学の学びを通じて学生の皆さんが獲得すべき基本的な能力」「学修方法および評価方法」「専門分野と教養教育の関わり」です。日本学術会議では、多岐にわたる学術分野間で同一の論点にて「参照基準」を取り纏めるという方針をたて、これを実現するために学術会議内に新たな委員会を設けて検討を深め、「大学教育の分野別質保証の在り方について(回答)」を纏めました[3]。その中で、参照基準取り纏めの枠組みとしての「報告書目次」を設定しています。上記の目次構成も、これに準拠したものです。

     本報告書では、まず、電気電子工学分野の定義を取り纏めました。そこでは、「電気電子工学分野は、『エネルギー』と『情報』を主として扱う「対象」とする分野であり、これらを自在に操る「手段」を創出し提供するのが『エレクトロニクス』を中心とした学術領域であって、さらに、材料、デバイス、サブシステム、システム、ネットワークといった積層されたレイヤーをも包含する立体的な学術体系である」と、定義しました。

     電気電子工学分野の固有の特性については、以下のように取り纏めました。つまり、「物理学と数学の原理・原則から着実に理論を積み重ね、厳密な体系化のもと、簡略化・抽象化を行って、上層レイヤーの設計手法を提供している。さらに、この設計手法は高度な学術技法を用いつつも、容易に使いこなせる構造となっている。このことは、本分野が歴史的に備える論理的思考に基づく方法論を活用しているからである」と、いたしました。この特徴の具体例としては、「電磁気学を簡略化・抽象化したものが電気回路理論である」といったことです。さらに、この電気回路理論では、ラプラス変換によって過渡現象をも線形連立一次方程式で解けることになります。また、「トランジスタでインバータができ、その出力電圧を「0」「1」に対応させれば論理演算ができてコンピュータへと繋がり、その先は論理数学の世界で、ソフトウェア・アルゴリズムへと展開してゆく」ことも、本分野の固有の特性の具体例です。

     加えて、「電気電子工学分野は、異分野融合も得意で、フォトニクス等々の境界・融合領域を作り続けている」ということも、本分野の特徴です。そして、「これに対応できる人材の養成には、幅広い知識が必要なのではなく、本分野の基盤に関する知識と理解ならびに上述した論理的思考力を徹底して体得させることが肝要である」とも述べました。

     学生の皆さんが獲得すべき能力としては、勿論、専門能力が重要です。しかし同時に、「『学修法を工夫した知的訓練』によって、専門の学修においても、種々の『汎用能力』も身に着くので、このことの実践も重要である」と述べています。電気電子工学分野の参照基準では、これらの「汎用能力」として、論理的思考力、簡略化・抽象化力、システム的思考力、課題発見・解決力、チームワークやコミュニケーション力、等を例示しました。「このような『汎用能力』に関しては、専門分野の学修目標として明確に位置付けられるべきであり、これらは教養教育により養成されるだけではない」とも記しています。また、「学修法の工夫」については、「学修にあたっては、もちろん「暗記」ではなく、「理由」と「帰結」を常に「対」にして「理解する態度」が必要である」とも述べました。「汎用能力」の涵養に関する上記の考え方は、「大学教育の分野別質保証の在り方について(回答)」でも推奨されています。
     参照基準の枠組みでは、如何なる専門分野においても、社会を支える人々に共通する価値基盤として、教養教育の役割が、また、重要であると捉えています。工学分野では、社会で活用される技術を創出する訳ですから、「提供する新技術により到来する未来に対する責任感」を工学に携わる皆さんに涵養する必要があり、このためにも教養教育が重要であると考えました。

     参照基準検討分科会の委員の先生方との議論において、電気電子工学分野が如何に素晴らしい学術体系を有しているかを、再認識いたしました。委員の皆さまに、感謝しております。電気電子工学分野は、通信情報ネットワークならびに電力ネットワークといった複数の重要な社会基盤を提供し、論理的思考によって構築された学術体系を有し、厚みのある各技術レイヤー間は学術内容の簡略化・抽象化によって接続されています。本分野では、システム的思考力も養成でき、社会で活躍する上で重要となる種々の汎用能力を学生の皆さんに涵養する機会も提供しています。

     東京大学電気系同窓会の皆さまは、世界の中の様々な業務分野において、ご活躍になっておられます。これは、電気電子工学分野が社会にとって重要な工学分野であるからばかりではなく、上述のように、電気電子工学分野での学びの特徴が素晴らしい人材育成機能をも提供しているからでもある、と思います。

     東京大学電気系学科が誕生して150年を迎えたこの節目の年に、電気系同窓会の皆さまが、ご自身が拠り所としている学科での教育の特徴と価値をあらためてご認識されつつ、益々ご活躍になられることを祈念しております。

     どうぞ宜しくお願い申し上げます。

    [1] 日本学術会議電気電子工学委員会、「報告:大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準-電気電子工学分野」、https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-h150729.pdf
    [2] 日本学術会議情報学委員会、「報告:大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準-情報学分野」、https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-h160323-2.pdf
    [3] 日本学術会議、「大学教育の分野別質保証の在り方について(回答)」、https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-k100-1.pdf

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