【21号】超LSIのはなし/垂水忠明

昭和30年代の後半、現在では電卓業界の一方の雄であるシャープ(株)が、トランジスタを使った電子式卓上計算器を発表した当時のことを覚えておられるであろうか。その最初の製品は、機械式のものに比べれば、無音、高速ではあったが、電動タイプライタのふたまわりほども大きなものであった。その後、集積回路(IC)の採用で電話機並みの大きさとなり、また大規模集積回路(LSI)の採用でポケット形となり、最近ではボールペンの先で操作する腕時計形の超小形版まで登場する一方、機能的にも、関数電卓と称して、高等関数まで扱える機種まで出現している。容積比でいえば、当初に比して1000分の1、価格の面でいっても1000分の1に達している。

この電卓の例で代表されるように、最近におけるエンクトロニクス産業の長足の進歩の原動力は、トランジスタからIC、更にLSIという、半導体回路素子の高集積化にある。例えば、当初3mm角の半導体片の上に1個のトランジスタを載せていたものが、現在では1万個近いトランジスタを載せうる製造技術が実用されている。このような高密度化が達成されたのは、半導体片、具体的にはシリコン単結晶片の数ミクロンの深さの表面に数~数十ミクロンの寸法のトランジスタを設計通りに配置し、相互結線する微細加工技術が確立されたためにほかならない。この20年間、世界の研究機関および半導体メーカは、多分、百万人年の研究者。技術者を半導体素子製造技術の改良に投入してきたと思われる。この驚くべきほどの技術開発パワーの集中が、現在のLSI発展をもたらし、システム技術そのものの革新を促した。しかもこの技術競争は、とどまるところを知らず、超LSIという言葉が現実の目標として取り組まれるようになった。

それでは、超LSIはどれだけ現在のLSIの技術レベルを超えているのであろうか。人によって定義はまちまちであろうが、大ざっばにいって、現在よりほぼ2桁の集積度の向上したものが、超LSIと呼べるであろう。

すなわち、トランジスタの寸法や、アルミ相互線の幅を1ミクロンあるいはサブミクロンにまでもっていけるかどうかが、技術の一つの鍵となろう。イメージがつかみにくいので1万倍に寸法を拡大してみると、50メートル四方のところに、数センチメートルの厚さで、色とりどりのレゴ(子供のプラスティック積み木)を設計図面通りにびっしり敷きつめたものに相当する。1個の抜けもミスでなく、このようなモザイク模様の重なりを、1ミクロンという超微細寸法において安定に生産すること自体驚くべきことであるといえよう。

われわれは、なぜにこのような努力をして、超高密度化を実現しようとしているのであろか。ひとくちにいうとそれは機能価格比の向上にある。同一工数と同一材料でより多く素子を集積することが、逆に同一機能に対する製品価格を下げることになり、これまで半導体ICメーカが苦心し、競争し、生き抜いてきたとこである。この競争の方向の延長は必然的にLSIから超LSI化への道をたどる。そして超LSI化はまたシステムの高度化につながり、エレクトロニクス産業全般へのインパクトは計り知れないもの力がある。

これまでのLSIの技術進歩は電子計算機を中心とした産業用エレクトロニクスに用いられるいわゆるディジタル回路を軸に発展してきた。しかしトランジスタからLSIへの進歩が桁違い(現実に3桁)に大きかったので、システム自体の質的変換をもたらすこととなった。すなわち機械システムの電子化、あるいはアナログ回路のディジタル化等によるシステムの高性能化がもたらされることになった。そしてこの波は、われわれに身近な民生エンクトロニクスの分野にも到達しようとしている。マイクロコンピュータLSIで、きめ細かに制御され、一段と便利になった家電製品、例えば、ミシン、洗濯機,電子ンンジが登場し始め、米国ではビデオゲームが爆発的人気を得ているのは周知の通りである。超LSIの波及効果が将来民生分野まで及んだ時、われわれの家の中にはモータと同じくらいの数のコンピュータが動いているであろう。

一方、超LSIには乗り超えねばならぬ幾つかの壁が立ちはだかっている。その第1は加工技術の限界追求である。素子寸法が光の波長に近づいてくるので、従来の光蝕刻技術では精度が取れず、電子ビーム露光装置を用いた高精度パターン形成技術がマスターされねばならない。第2にLSIの規模が大きくなることによる設計・試験。評価の困難さである。コンピュータを利用した設計・評価技術の改良で、多品種のLSI開発をこなす必要が生じ、例えば、従来のように、何でも高密度小面積にLSIを作るということでなく、冗長度を導入した設計にして全体としての開発コストを削減するような革新的アイデアが必要となろう。その他、放熱、パッケージ等問題は山積みであるが、これらは技術者にとってまた大いに興味をそそられる問題であるともいえよう。

昭和51年度より、通産省、電電公社の指導のもとに、国産IC-計算機メーカ5社を中心にして、超LSI技術研究開発組合が組織され、国家的プロジェクトとして大形電子計算機システムの分野で、超LSIの突破口を開こうとしている。この4年間のプロジェクトを通じて日本の技術レベルをどこまで向上しうるかに、将来の日本の運命の一端がかかっていることは疑いが無い。

最後に、超LSIの次に来るものは何であろうか。現在のLSI技術をその延長線上で究極まで追求しようという超LSIの研究開発の努力の中から、また新しい半導体技術の芽が出てくる可能性もあり、あるいは全く異なった研究分野からちょうど、真空管がサブミニアチュア管の限界まで到達した時、トランジスタが発明されたように新しい技術がこつ然と出現するかもしれない。

(昭和28年新卒 東京芝浦電気総合研究所 集積回路研究所長)

<21号 昭52(1977)>

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